第3話 精霊

真っ白な視界が徐々にはっきりとしていき、やがて見知った景色を描き出す。陽光溢れる野中で大きな布を敷いて座る二人、そして初めて見る小さな人影が3つ。いつも見る不思議な夢だが、今ならこれがかつて実際にあった出来事だとわかる。幼い僕と並んで座る女の子は、今とかなり違うが確かにライラさん……いや、ライラだ。今更さん付けなんて他人行儀で寂しく思うくらいに親しい間柄だった。そして二人の周りを漂うのは先ほどよりもかなり小さく、手のひらに乗りそうなほどのエタとナタ。最後の影だけはぼんやりと、白い光をまとっていた。僕は忘れていたので。こんなにも大切な思い出を。しかしまだ十分では無い。僕がかつてこの世界にいたこと、ライラとエタ、ナタ、それにまだ思い出せない誰かとこうしてピクニックをするのが何よりも大切な時間だったこと。あぁ、思い出せないことがとても歯がゆい。もう少し、もう少しこの夢を見ていれば何かわかるかもしれない!そう念じて何度も頭の中で反芻はんすうしながら夢に向き直ると、その光景は解けるように消えてしまう。


暗転、目を覚ますとライラと目があった。鼻先30cmほどで心配そうに潤んだ瞳にドキドキしているとライラが気付き、はっと顔を上げる。冷静に思い直してみれば草原にしては頭の下が柔らかく、これは俗に言う膝枕だった。身を起こして座り直したところに、うわずった声でライラが声をかける。

「何か思い出せましたか?」

そう聞かれて僕は、先ほど見た夢と、ついでに最近よく見る夢のことも話した。それを聞くライラは、安堵して見たり、不安がって見たり、どこか悲しげな表情を見せたり、こちらがハラハラするような百面相(若干マイナスな表情多め)を披露した。

「やっぱりまだまだか……」

ボソッとライラがため息と一緒に吐き出す。大事な話題ではあるが、これ以上ライラの沈んだ様子を見ていたくはないため、話題を変える。

「そう言えばさっきのは何?僕の胸から木が生えてきて……」

思えばここの世界に来た時もライラが迎えてくれたのだし、僕を呼んだのもライラなのだろう。それもあわせて聞いてみるとライラは

「あれは樹術じゅじゅつと言って、庭師達が起こす奇跡なの。歩さん……じゃなくて、あゆ君をこの世界に呼んだのも樹術の力なんだよ!」

ライラのことを思い出したと伝えたら、あちらも昔の呼び方で、話し方もずっと親しげにしてくれた。僕は質問を重ねる。

「庭師っていうのは何?ライラは別の世界と自由に繋げられるの?」

ライラはすこし考えてから、

「まずこの世界は世界樹っていう大きな木があって、そこにはたくさんの精霊たちが集まっているんだよ。そして世界各地にある世界樹の若木の元に送られていて、その若木を護っているんだ。でも喰魔がまって言う種族が、この世界樹のことを良く思ってなくて、その力を減らそうと若木を襲っちゃうの。精霊達は大きな力を持っているけど、単独じゃ喰魔には勝てない。そこで私たちと契約をして、一緒に若木を護るんだよ!」

ここまで一息に答えて、ライラは息を整える。続けて、

「さっきあゆ君の記憶を少しだけ戻せたのは、私の契約している子に助けてもらって、あゆ君の記憶を【収獲】したんだよ!精霊にはそれぞれ得意なことがあって、私の子は《実り》を司ってるんだ。あゆ君を呼ぶのには私の力だけじゃ足りないから、世界樹の若木の果実を使ったんだよ?」

そう言ってライラは左手の人差し指に嵌る指輪を見せてくれた。デザインは僕のと似ているが、鎮座する石は白だった。

「そう言えばここに来る途中にエタとナタに会ったんだけど、二人は?」

そう聞いた時、ライラが固まり、沈痛な面持ちで俯く。そしてゆっくりと、

「二人は……世界樹の精霊達はみんな喰魔に捕まっちゃったの。少し前に大きな戦いがあって、その時に私達や世界樹を守るために……。」

そう語るライラに僕も自然と俯く。



カタッ……


今少しだけ指に振動を感じた気がした。


カタカタ……ッ


先ほどよりも激しく動いた。


ガタガタガタガタガタッ!!!!!!


激しく振動する指輪に驚いて、僕は声をあげて慌てる。その様子に先ほどまで思いつめた表情だったライラが先ほどまでとは別の意味で俯く。小さく方が震えどうやら笑っているようだ。状況が飲み込めずにいると、振動を続けていた指輪から勢いよく人影が二つ飛び出す。手のひらサイズのそれは先ほど別れた双子で二人とも爆笑中である。混乱する僕をよそに三人は笑い続ける。少しして、ライラが

「ごめんなさい、あゆ君をびっくりさせようと思ってからかってみたの。久しぶりに会えた幼馴染のことすっかり忘れちゃってた仕返しも含めて…かな?」

本当に表情豊かなもので、今度はいたずらっぽく笑ってみせるライラ。ちなみにエタとナタはまだ笑ってる。

「じゃあ、喰魔っていうのは?」

混乱する僕にライラは

「争っていたのは何百年も昔の話。今ではすっかり良き隣人よ。」

なんだかもう疲れた……。

僕はそろそろ街へ戻るというライラに従いピクニックの道具を片付ける。その間もエタとナタは笑いの渦に揉まれていた。ひとしきり笑って満足したのか、二人は僕の指輪に戻り(先ほど出てきたのはあまりに大笑いし過ぎてうっかりだと二人の弁)街道を歩いていた。先を行くライラが

「エタとナタ、それに私の子はあゆ君を呼ぶのに疲れちゃったからちょっと寝るって。」

そう教えてくれて、僕はそっと指輪の石を撫でた。久しぶりの再会に、互いの近況など話していると、大きな砦が見えた。ライラ曰く、ここが彼女の暮らす街暮らす街グリーグ城塞都市とのことである。街を囲む高い壁といくつかの砦はまだ喰魔と争っていた時代の名残であり、歴史を感じさせる遺産でもある。ライラが振り返り、両手を広げて笑顔。


「ようこそグリーグへ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界庭園へようこそ 照砂 楽 @terusaraku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ