第2話 収穫

 僕の隣に座るライラはバスケットを開けて、中から数種類の料理を並べていく。実を言うと、このユラシアという世界も怪しく思っている。先ほどの光景は確かに日常ではあり得ないし、そもそも通学路を走っていたのだ。それにしたってここが異世界というのはにわかには信じられない。そういえばユラシアというのは僕の住む日本から西の方にある大陸の名前にそっくりだ。そして彼女の服装や、並べられて行く料理も異世界と呼ぶにはあまりに見慣れている。別世界に来たというよりは、突然に長距離移動させられただけでは無いのだろうか? 先ほどまでのは全て移動の間に見ていた夢……。そこまで考えたところでライラが声をかける。

「歩さん、準備ができました!」

 目の前に並べられた料理達に、腹の虫がもう耐えられないとばかりに悲鳴をあげる。ライラは小さく微笑んで、どうぞ、と進める。

「ありがとう、ライラさん。それじゃあ、いただきます。」

 僕は手近にあった皿から、サンドイッチを手に取った。が、しかし危うく取り落としそうになった。

「ら、ライラさん……これは?」

 見た目は確かにあの三角のサンドイッチなのだ。もっといえば中の具はトマトにチーズ、そしてレタスに見えた。僕の驚愕はそれを挟むパンにあった。それはふんわりとなどという表現とは遠く、みずみずしくしっかとした手応えなのだ。

「それはフレルトと言って、ブレオの実に、マトスという果物のゼリーと茹でて潰したルカの根、それにレブの葉を挟んだものです。私たちの故郷ではよく食べられているデザートなんですよ。」

 ライラは実に楽しそうだ。僕は改めて、フレルトに視線を戻し、一口かじる。ブレオの実は少し固めのスイカのような食感でわずかに甘い。マトスのゼリーは酸味が強く、ルトの根は滑らかでとても甘く、ちょうどホイップクリームのようだ。レブの葉に味はなく、すっきりと爽やかなな香りが花を抜ける。あまり主張の強く無いブレオの実がマトスとルトをまとめ、レブが後味をさっぱりとさせているため、いくらでも入りそうだ。そして何よりも、どこか懐かしい。

「美味しい!」

 僕は興奮気味にライラの方を向いた。

「それは良かったです。フレルト以外にもありますので、たくさん食べてくださいね。」

 隣で微笑むライラに、見覚えがあるのに全然違う異世界の料理を紹介してもらいながら夢中で食べてゆく。そんなことごとく予想を打ち破られる事態の連続に、僕はここが異世界なのだと認識した。そしてくどいようだが、懐かしさを感じて仕方がない。ライラと二人であれこれ話しながら食べているうちに全ての皿が空となった。二人とも手を合わせてご馳走様でしたと声を揃える。ライラが、

「歩さん、何が一番美味しかったですか?」

 なぜか少し声を震わせてそう聞いた。

「どれも美味しかったけど……うん、最初に食べたフレルトが一番好きかな、最初はびっくりしたけど。」

 僕がそう答えるとライラはまた目を細めてどこか遠くを見るようにして微笑んだ。そして小さく、やっぱり……と呟いていた。僕はたまらず、今まで感じていた疑問をぶつける。

「ライラさん、エタ、それにナタという双子に心あたりはない?」

 ライラが息を飲んだ。そして極めて真剣な表情で、

「どうして?」

 と聞き返した。つまりは知っているのだ。この"どうして"は、なぜ僕が二人とライラさんを関連付けたのかを聞いているのだろう。僕は正直に答えた。

「ライラさんと、その双子に、なんて言うか、懐かしさを感じたんだ。その双子とはここに来る前に初めて会ったはずなのに……ライラさんとだって初めて会ったのに……。」

 ライラさんそれを聞いて瞠目どうもくした。やがて何かを決心したかのように、スッと立ち上がり僕に向き直る。

「実はね……あなたは記憶を失っているのよ。」

 ライラさんの言葉に僕は固まる他無かった。そしてライラさんに言われるまま僕は立ち上がり、彼女と向かい合う。女の子とこんなに近くで見つめ合うなんて経験は今までの人生に皆無で、ドギマギしていると、ライラさんは左手を僕の胸に当てる。そしてその左手の人差し指に嵌る、僕のとよく似たデザイン(石の色は綺麗な白だった)の指輪が光り始めた。ライラさんは何やら言葉を発していたが、日本語ではないのか意味を知ることはできない。次第に光を強めていった指輪から、何かが僕の胸に流れこむ。彼女が言葉を切り、数歩後ろに下がると僕の胸から光の芽が出て、勢いよく成長する。1メートルほど成長したところで木の枝の先に小さな果実が実り、それをライラさんが採って僕に差し出す。光の

 樹はすぐに消え、驚く僕にライラさんは

「それは歩君、あなたの軌跡。その果実にはあなたの忘れてしまった記憶が詰まっているわ。」

 そういって光の果実を食べるように促す。一口かじり、味も分からぬままに僕はその場に崩れ落ちた。

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