異世界「ユラシア」
第1話 再会
僕、
ともかく僕は、気付けば光の中を走っていた。それはまぁ、かなり驚いたし動揺した。どうすれば良いかもわからないのでとりあえずそのまま進んでみる。周りはただただ白い光に包まれているので、上下左右ついでに前後もわからないが、なんとなくのカンが行くべき道を教えてくれた……気がした。
「ちょっと待ったぁ!」
「とうせんぼです!」
そんな行く手に両手を広げてこちらを見据える二人の子供が現れた。男の子か女の子かはわからないが、小学校低学年くらいの年齢だと思われる。二人とも髪型をショートに揃え、オレンジと緑の色違いのワンピースを着て、まず間違いなく双子だろう。二人の違いといえば、オレンジ色の子はつり目で気が強そうなのに対し、緑の子はたれ目で温和な性格をうかがわせる。
「何か私たちに言うことはないの、歩?」
二人のうち、オレンジ色の服を着た子が詰め寄る。少し考えるが、全く思い当たらない。とりあえず不思議に思ったことを聞いてみる。
「どうしてぼくの名前を?」
初めて会ったはずだ。当然のはずのその質問にオレンジ色はこめかみを抑えて頭を振った。そんな似合わない大人な仕草が可愛いなと思ったが、黙って見守っていた緑が今にも泣き出しそうに顔を歪めたのでそれどころではなかった。
「ほら、泣かないの。もしかしたらって覚悟したじゃない。ね?もう一回もう一回、始めましょう。」
オレンジ色と緑が改めてこちらに向き直る。なんだか改まった雰囲気にこちらの背筋も自然と伸びる。オレンジ色が小さく息を吸って、
「私は世界樹【フェナータ】の精霊、エタよ。」
小さく礼をするオレンジ色改めエタ。それに続いて緑色が小さく、よしっと呟いてから、
「僕は同じく世界樹【フェナータ】の精霊、ナタです。」
エタにナタ……何だか懐かしい響きだが、何故そう感じるのかは全く思い出せない。僕が考え込んでいると、二人はそれぞれもう我慢できないと言わんばかりに僕の左右の腕にそれぞれ抱きついた。
「ちょっとだけ……ほんの少しだけこのままでいさせて。」
困惑する僕を置いて二人は複雑な面持ちで腕に組みついている。
十数秒ほど経ったところで二人は僕と手を繋ぐという形に変えてはやくはやくと光の中を進んで行く。歩いてる途中に二人は姉弟なのだと教えてくれた。エタが姉でナタは弟。妹の聞き間違いじゃないかと我が耳を疑ったのは秘密だ。
少し歩くと光の中に草原が見えた。出口が見えたことにホッとしていると、エタとナタが袖を引く。
「私達は、ここから先はしばらく会えないの。」
「でも絶対にまた会えるよ!」
二人の身体が透けてゆく。さっき会ったばかりの双子で、道案内をしてくれた。それだけのはずなのにひどく胸が苦しい。何故だかはわからないけど、この二人と別れるのがどうしようもなく耐え難い。慌てて二人を抱きしめる。半分以上消えかけている二人は驚いた表情で僕を見つめ、そして涙を流しながらとびきりの笑顔を見せてくれた。その情景にズキズキと胸の奥が斬りつけられるかのような痛みを感じた。離れたくない。何故なら二人は僕たちの大切な…………!
僕……たち……?
大切な……?
決定的な何かを掴みかけたその瞬間。二人は光に溶けていった。がっくりとうなだれる僕はふと地面についた自らの左手の人差し指に嵌めた指輪に気付いた。見覚えのないそれは細身な銀の輪の中央に、力強く石を咥えていた。角度によってオレンジ色にも緑色にも見える不思議な石はほのかに暖かくて、まるで二人がそばにいてくれるかのようだった。
とりあえずわかったことがある。この光の先に、二人がいる。立ち上がって、出口に向かっていると、ふと今朝の夢を思い出した。
ゆっくり、ゆっくりと人型へと変わる光の柱を見つめながら、ライラは心臓が飛び出すのではないかと心配になるほどそわそわしていた。その表情は緊張と歓喜で逆に上品な笑みを形作っていた。
(大丈夫、大丈夫)
心の中でそう繰り返すのも何度目になるかわからない。キンッと、指輪が音高く鳴る。びくりと体を震わせ、大切な友達からのメッセージを何度も咀嚼する。
「そっか……。」
ライラは大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。うっかりすると泣き出してしまいそうな自分を必死に押さえ込み、自らの頬を叩いて気合いを入れる。光の柱はもうライラより少し大きいかと言えるくらいのサイズにまで縮んでいた。風で乱れた髪を整え、この日のためにちょっと奮発して買った洋服を正す。10年間待ち望んだ瞬間は、もうすぐそこまで迫っていた。
光の中を抜けると、爽やかな草原だった。どこまでも抜けるような青い空に心地良く吹き抜ける風。さわさわと生い茂った草花が揺れて、遠く見える街道では何台かの馬車が走ってる。さっきの光といい、こののどかな草原といい、どうやら白昼夢でも見ているらしい。そうそう、こういう草原で日がな一日中寝転がりたいなんて全人類の夢である。大きく伸びをしながら、辺りを見回し木陰を探す。さすがに直射日光を浴びながらだらけるのは少し厳しい。
「あの!」
ちょうど僕の真後ろから消え入りそうな声が聞こえた。振り返ってみると、ちょうど同い年くらいの女の子が顔を真っ赤にして僕の方を向いている。綺麗な髪……そう、確か亜麻色なんて名前だったと思う。肩甲骨のあたりまで伸ばした髪は綺麗に整えられて陽光を受けて輝いている。白い袖なしオフショルダーワンピースには各所に草花の刺繍が施されており、高価なものなのだろう。前開きになった茶色のポンチョのおかげか、はたまた頭一つ分小さな頃彼女の身長からか、どことなく幼さを残した可愛い女の子。我が夢ながらに良いセンスしてるよ、うん、この子を眺めていても一日中過ごせそうだ。そしてさっきの双子にも感じた懐かしさをこの子にも感じている。最近、ごく最近この子にあったような気すらするのだ。そう、確か……
「ライラ……。」
女の子が固まった。より正確に言うなら表情はそのままにカタカタと震えている。この子の様子も気になるが、さっきの自分の言動にも追いつけない。ライラ、確かに自分はこの子をそう呼んだ。初めて会ったばかりの、まだ名前も聞いてない子なのに。とにかくここは……
「ごめんなさい……人違いだったみたいで!」
頭を下げながら謝罪する。今は雑草の葉と見つめあってるので表情は伺えないが、女の子は小声で何かをつぶやいた後、僕に頭をあげるように言った。そこには上品に笑う彼女がいて、
「はじめまして、ラニックアイラ・グライアンフォードスと申します。あゆ君……じゃなくて、草間 歩さんですね?」
あまりにも美しい仕草に鼓動が高鳴る。僕はうわずらないように、裏返らないように、慎重に挨拶を返す。
「はい、草間 歩です。ええと、グライアンフォードスさん……?」
「ライラ、とお呼びください!」
言葉こそ柔らかだが有無を言わせぬ圧力を視線に感じた。
「じゃあ……ライラさん。ここはいったいどこなんでしょうか?僕は今夢を見てるんでしょうか?」
ライラさんはにっこり微笑んでこう言った
「ここはユラシア。紛れもなく現実の世界ですよ。私があなたを地球から
やっぱり夢なんじゃないだろうか?さっきの双子といい、ライラさんといい、この世界といい、夢にしてはできすぎてる気もするけど。それにさっきからずっと頭の片隅でひっかかってるものがある。ここが夢に思えないのはそれもあるだろう。とりあえずは……
「あの、地球に帰ることって……」
そう言いかけたところでライラさんに遮られる。どこから取り出したのか、籐のバスケットと折りたたまれた布を掲げて
「ここでピクニックしませんか?」
そんなことよりも、と言葉にする前にお腹の虫が声を張り上げた。そういえば起き抜けに走ってたんだっけ。なんとなく恥ずかしくて、控えめにこくんと頷く。ライラさんはそれを見るやいそいそと布を拡げ、その上に座るように促す。僕が座るとライラさんはその隣に座った。まだ今日は半分も過ぎていないのに、ドタバタし過ぎて目が回りそうだ。
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