第7話 old homeの職場(2)

「まずは、海老天からね〜ブラックタイガーは背ワタがないから取る必要ないね〜このまま揚げると、丸まってしまうからね〜お腹の方にこうやって切れ目を入れて〜コキコキコキっていう音を聞きながら指で折ると、ほら真っ直ぐになるでしょ〜これ小麦粉を振ってから天ぷら粉に漬けるんだけど〜その前にばーーーっと油の中に天ぷら粉を落とすよ〜そしてこれをこうやって手前に掻き集めてから、上に海老を乗せるの〜そうしないと衣の薄い海老天になっちゃうからね〜じゃあやってみて」


 やってみてと宇宙人の店長は言うけれど、こうやってと言いながら海老天を揚げてるけれど、手は一切使ってはいない。どうもテレパシーみたいなものでやっていたようだ。だからどうやって揚げたのか、さっぱりわからない。しかし、言われた通りにやるしかないのだ。


 海老に切れ目を入れて、コキコキコキといわせるの意味もわからない。そしてコキコキコキなんていわない。すると「もっと力を入れて、筋を切るようにしないとダメよ〜」


 店長は沖縄出身の人なので、喋り方が独特なのだ。しかし、宇宙人になった時の店長は、口がないので脳天から声が出ているような感じだ。


 言われた通りに力を入れると、海老は半分に千切れてしまった。さっきお腹に切れ目を入れた時も半分に切れてしまったのだ。難し過ぎる。


「あ〜それじゃあお客さんに出せないからね〜ナスはこうね、キスはこうね、大葉はこうね、じゃあ練習しといてね」


 店長はまたテレパシーで、ジャッジャッと他の天ぷらを揚げると、何処かへ行ってしまった。お願いします、わたしにもテレパシーを下さい、と願っても叶わない事を思いつつ、天ぷらを揚げる練習を渋々やる。どうせなら、この世界に住んでいる者を、全員宇宙人にしてくれと言いたくなった。もちろんわたしを含めてだ。


「最初からうまく揚げる事なんて出来るわけないわよね。でも、天ぷらはまだ簡単なうちよ。逃げたくなるのはあれよ、だし巻き卵っ!」


 いつの間にか横に立って見ていた先輩店員の森さんがそう言った。


「ええーっ!普通の卵焼きも作った事もないのに、だし巻き卵なんて無理ですよ」



 無理ですよ、と言ってもやらなければならないのだ。うどん屋の仕事なんて、うどんだけお客さんのテーブルに運んでればいいんだろうと思っていた。だけどここは、うどん打ち以外は、何でもやらなければならない。


 結局、今日は退社時間まで、天ぷら揚げ担当みたいになってしまった。だけどお客さんからのクレームもなく、無事に終わった。


 退社する時に、時々余ったうどんを貰える事がある。今日も3玉分貰えた。失敗した天ぷらも持って帰っていいと言われたので、今日の夕飯は天ぷらうどんで決まりだ。うどんを持って帰ると母が喜ぶ。


 old homeでは、わたしはスマホを持たない。理由はも言わなくてもわかるだろう。


 帰り支度をしてから、店内にある公衆電話から自宅に電話をする。自宅の電話機は、未だに昔のダイヤル式の黒電話だ。


「今日、おうどんと天ぷら貰ったから、夕飯の支度しなくていいから」


 電話を終え振り向くと、店長の奥さんが居た。この世界では、突然人が横に居たりする事が頻繁にある。


「北島さん、これ昨日店長が沖縄に帰った時のお土産」


 と言いながら奥さんは、サータアンダギーを渡してくれた。沖縄のお土産はいつもこれだ。他にもあるだろうに、ちんすこうとか、といつも思うのだが、このサータアンダギーは、店長のお母さんの手作りなのだ。沖縄で一番美味しいから、という理由らしい。それは店長がお母さんの作った物が一番美味しいと思っているだけなのだと思うのだけど、そんか事は口が裂けても言えない。


「ありがとうございます。店長はUFOで行って来たんですか?」


「何を言ってるの?北島さん」


「冗談です」


「北島さんって大人しいのに、たまーに変な事言うわよね」


 変なのは宇宙人になる店長や社長なんですけど。喋らない事が大人しいというけれど、頭の中ではいろいろ考えているのだ。大人しい人は何にも考えていないと思ったら大間違いだ!と誰に訴えればそれが伝わるのかもわからない。


「母も喜びます。このドーナツ美味しいので好きなんです」


「ドーナツじゃないわよ、サータアンダギーは」


 穴が開いていないドーナツではなかったのか。それとも穴が開いているのがドーナツと言いたいのか、よくわからない。店長のこだわりの強さが、奥さんにも伝染しているらしい。


 再び、奥さんにお礼を言ってから、裏口へと向かう途中、また社長が宇宙人になっていて、ピコピコキロキロと何かを言っていたので「お先に失礼致します」と言いながら、気持ちだけマッハの速さで裏口から飛び出した。

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