第18話 夢追い人

「お嬢様、少しよろしいでしょうか?」

「どうしたのグレイ?」

 私が今日の売り上げを確認しているところでグレイが声を掛けてきた。


「実はこちらの店の調理担当として雇って欲しいと言う者が訪ねてまいりまして」

「えっ?」

 グレイが言った予想外の言葉に一瞬の戸惑いがあったがすぐに頭を切り替えて考えた。


 確かに現在、私の読み違いで途絶える雰囲気を見せない客足に、調理担当がもう一人欲しい思っていた時だ。だけど今この店にあるケーキのレシピは極秘中の極秘、いずれ広まるにしろ今広がるのは店の経営に多大なダメージを受けるのだ。そのため料理人の人選にはどうしても慎重になってしまう。

 私は迷った末、取り敢えず話だけでも聞こうと思いここに案内するようグレイに告げた。




「初めまして、私の名前はエリクと申します。この度は私の話を聞いていただきありがとうございます」

「この店の店長をしております、アリスです」

 私の目の前に現れたのは20代半ばの青年、見た目は少し頼りないかなと言うのが第一印象だ。

 だけどこの子はどこかで……。


「それじゃまず、なぜ当店うちで働きたいのか理由を聞いてもいいかしら」

 座るよう促してから面接の基本である動機を訪ねた。


「先日こちの店先でケーキの試食をいただきました。その時の衝撃は僕にとって何者にも例えることができません。

 僕は昔、母が作ってれたお菓子の味が忘れることができなく菓子職人として腕を磨いてきました。ですがこちらで扱っている菓子は僕の知るどのお菓子でも到底敵いません。ある人の言葉を借りるならまるで次元が違うのです。

 だから僕は新たなる探求を求め、自分の腕を磨き更なる高みへ辿り着くたためにこの店を伺いました」


 思った通りね、料理人からすればこの店のレシピは喉から手が出るほど欲しいものだろう。ましてや菓子職人を目指している者だったら尚更だ。

 休憩室の奥からグレイやディオンたちが覗いている、恐らく皆んなも同じ事を思っているだろう。


「分かったわ。それじゃ私の質問に二つ答えて、ただし嘘はなしよ。あなたが嘘を言っていると私が感じたらこの話はなかった事にさせてもらうわ、だけど嘘偽りがないと思ったら雇わせてもらう。いいかしら?」

「分かりました」


「まず一つ目はあなたは料理を作るにあたり何を考えているのかしら? そしてもう一つはあなたの夢を聞かせてちょうだい」


 夢、すなわち将来どんなビジョンを描いているか。この子は言ったわ新たなる探求と自分の腕を磨きたいと。

 つまり知識と腕を磨いた後その先のビジョンがすでに描かれている。この子の夢の先がこの店にとってプラスになるかマイナスになるかどうか……。

 ふぅ、違うわね……私はいつからこんなにも頭が固くなったのかしら。料理人なら……いいえ、同じパティシエなら誰しも自分のおみせを持ちたいはず、かつての私のように。


「僕が料理を作るにあたり常に考えている事は亡き母の事。母が亡くなった時僕はまだ子供でした。

 寝ている事が多かった母を見て僕はいつも遊んでくれないと暗い顔をしていました。そんな時たまたま体調がいいからと初めて作ってくれたお菓子で僕は笑顔になった。

 今となっては僕の作ったお菓子を食べてもらう事が出来ないけれど、代わりに大勢の人が笑顔になるようなお菓子を作りたい。昔の僕がそうだったように一人でも多くの人を笑顔にできればと、そう思って調理に携わっております」


「あなたの料理に対する気持ちは分かったわ、それでもう一つは?」


「私の夢はいずれ自分の店を持つ事。この店のケーキを食べ自分の未熟さを思いしました。ここで修行をし自身の腕を磨きいずれ独立したい、そう思っております」


 私は今どんな顔をしているのだろう、恐らくポカンとさぞ間抜けた顔をしている事だろう。まったくやられたわね。


「ふ、ふふふふ、ハッキリ言うのね。まさか本当に嘘偽りなく答えるとは思わなかったわ。エリク、私がレシピの流出を嫌がるとか思ってなかったの?」

 ここまでハッキリ言われたらいっそ清々しいわね、私は自分の肩に掛かった重荷に純粋な気持ちを忘れていたわ。私たちパティシエはただお菓子作りが好きなんだと、その為には貪欲にもなるのも当然と言える。


「僕は父を誇りに思っております。父の名を汚すような行為はしたくないだけでございます」


「いいわよ、明日からお願い出来るかしら? いいわねディオン、親子だからといって甘やかさず厳しく鍛えてあげて」


「ええええ!!! ディオンさんの息子さんなんですか!」

 まったくエレンは何驚いているのよ。見ればわかるじゃない、こんなにも容姿が似ているんだから。


「お嬢様、いつからお気づきだったのでしょうか?」

「そうね、最初は誰かに似ているとは思っていたのだけれど、確信を得たのはディオンが奥から心配そうな顔で見ていたからよ。ふふふ、ホントわかりやすいんだから」

 だって普段見せた事がないほどそわそわしているんだもの、気づかない方がおかしいわよ。

 エレンは気づかなかった様だけどグレイは気づいていたみたいね。

 ついでに言えばエリスは部屋でお勉強中、来年から初等部に通う事になっているからね。


「しかしよろしいのですか? 俺としては息子の成長を考えると助かるのですが、レシピの流出はこの店にとってマイナスになるのでは?」

「たしかに今流出するのは痛いわよ。でもいずれはこのケーキのレシピも世間に広まるときが必ず来るわ、私たちはその時までに今の地位を確かなもにすればいいだけだし、例え流出したとしても私にはまだまだ秘蔵のレシピが山のようにある。簡単には負けるつもりはないわ。

 それにエリクは腕を磨くと言ったわ、1年や2年程度で私たちのケーキを極められるもんですか。

 私はエリクの言葉を信じる、例え裏切られたとしても今のエリクに必要な事なら喜んで手を貸すわ、今何もしないようなら私は一生後悔するだろう。そう思っただけよ」


************


エリク、あの方は俺にこう言ったんだ。

「私はあなたの料理と人柄に惚れたのです。お金であなたを救えるのならたとえ裏切られたとしても後悔はしません。もし今救える事が出来るのに何もしないようなら私は一生後悔するだろう」


************


「お嬢様、今の僕には父のような覚悟はありません……だけど今だけ私の忠誠をあなたに」

 エリクはなぜかそう言い、片膝をついて騎士の忠誠の姿をとった。


「うふふふ、何よそれ、大袈裟ね。もっと気楽にしなさい、これからは家族になのに堅苦しいわよ」


 この日、ローズマリーに見た目はちょっぴり頼りないけれど心に熱いものを持った新しい家族が増えた。

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