第14話 男爵家からの注文

 セネジオから聞いた話は予想通りの内容だった。


 私とグレイが屋敷を出からだろう、歯止めをする者がいなくなった叔父達は連日屋敷でパーティーを開催しているらしい。

 まぁ叔父にすれば伯爵代理から正式に伯爵になったことを、貴族仲間に知らせる必要があるから仕方がないのかもしれない。ただ、現在あの屋敷の財政は非常に苦しい。


 伯爵就任のお披露目会なら一度すれば十分である。それなのにパーティーを連日開催してるってどうなのよ。


 つまりね、セネジオからすれば支払いを渋るくせに食材の注文はしてくるんだそうだ、しかも高級食材を大量に。

 先日もセネジオが代金の回収に伺った時、屋敷の主人が居ないから支払えないだとか、そんな話は聞いていないだとかで全然支払いをしてくれないらしい。

 そんな遣り取りが毎日続き、親方からお金の回収を言われるし屋敷からは支払ってくれないわで板挟みの状態らしい。



「それにしてもあのお屋敷、これから大丈夫なんでしょうか?」

 セネジオが帰り午後からの準備を進めていた時、エレンが試食用ケーキを切り分けながら話しかけてきた。

 私たちにしても長年住み慣れた屋敷だから気になるのだろう。


「私たちでもどうしようもないわね。まぁ例え残っていたとしても何も出来なかったでしょうけど」

 自身に仕方がないと言い聞かせても何も出来なかった自分が悔やまれる。


「それは分かっておりますが……正直複雑ですね」

「そうね。でも私達が悩んでいても仕方がないし、こちらにはこちらの仕事があるわ。さぁそろそろ始めるわよ」

 今はまだ午前中ほどの混み具合ではないので、午後からは店前での試食を開始する。

 実は午前中の忙しさに試食を途中で取り止めていたのだ。だって、お店の中がすし酢め状態だったんだもの。おかげで朝仕込んでいた試食用ケーキがまだ残っているというわけ。


 店前で通りがかる人達に試食を勧めていると、馬車に乗った一組の男女が私たちの元へとやってきた。


「お仕事中すみません、私はクリスタータ男爵家に仕えるバイアンと申します。こちらのご主人とお話がしたいのですがお取り次ぎをお願い出来ないでしょうか?」

 男性が自ら名乗った内容と二人の服装から、訪ねてきたのは恐らく男爵家に仕えている執事さんとメイドさんと言ったところだろう。


「私がこの店の店長でアリスと申します」

 私は屋敷を出た時にアンテーゼの名前を捨てた。

 この国では庶民にファミリーネームは無いからね、だから今はただのアリスというわけ。


 バイアンさんは一瞬私を見て驚いたように眉をひそめめられたが、そこは流石プロの執事さん。何事も無かったように次の言葉に繋げられる。


「実は来週に執り行います我が主人主催のパーティーにて、こちらのケーキを是非来賓の方々にご提供したいと思いご相談に参りました」

「分かりました、お話をお伺いさせていただきますのでどうぞ中へ。エレン、エリスここをお願いね。」

 私はバイアンさん達二人を店内の奥にある簡易休憩スペースへと案内した。



「このような場所で申し訳ございません。何分なにぶんオープンしたばかりで準備まだ完全に終わっていないものですから」

「お構いなく。こちらの方こそお忙しい中お手間を取らせてしまい申し訳ございません」

 ここは休憩スペースとして臨時に誂えた場所、2階の居住スペースもそうだが1階の店舗スペースも結構広い。

 今後ここはカフェスペースにする予定なのだが今の人数ではお持ち帰りで限界なのだ。そのため販売スペースとの間に簡易的なパーテーションを立て、見えないこのスペースには現状で整理しきれていない物が散乱している状態だ。

 ホントならとてもお客さんを招き入れる状態ではないのだが、この店には商談部屋なんて贅沢な部屋が無いため仕方なくこの場所を使うことにした。


「それでどのようなご相談でしょうか?」

 場所に関して失礼をさせてしまっているので、お茶だけはとっておきのハーブティーを二人に出し、先ほど伺った内容を確かめるために質問をした。


「実は私がお仕えしております主人のお嬢様が、来週我がお屋敷にて誕生パーティーを行う事になっておりまして、そこでお出しする誕生日ケーキを是非こちらでお願い出来ないかと思い伺いました」

「それは大丈夫なのですが、どれぐらいの大きさをご希望なのでしょうか? 正直大きすぎると承れない場合がございますので」

 いずれ誕生日用のケーキは売り出す予定だったので、こちらとしては願ったりなのだけれど……貴族様って自身の見栄の為に、食べきれないぐらいの大きなケーキを出したりするんです。

 流石に今の調理場では巨大なケーキは作れないからね。


「大きさに関してはお任せしたいと思っております。メインのケーキとその他お客様お出しするケーキを別にご用意いただければ問題ございません」

「その内容でしたら承ることができますが、でもよろしいのですか?」

 大きさまでお任せとは少し驚いた、娘の誕生日なら親は張り切って巨大ケーキを用意するものなんだけど。


「はい、我が主人からこちらのお店に任せるよう仰せつかっておりますので」

「分かりました、そこまで信頼して頂けるのなら頑張らせて頂きますが……ただご存じだと思いますがこの店は開店してからまだ二日目なのです。正直ここまで信頼して頂ける理由が分からないのですが……」

 私は失礼かと思いながら今の率直な気持ちを尋ねた、仮に偶然昨日お屋敷の誰かがうちのケーキを買っていて、それがたまたまご主人様の誰かが食べたとしても正直そこまで信頼してもらえるとは思えない。


「不思議に感じられるかも知れませんが、実はこちらのお店の事は我が主人の奥様がエンジウム公爵夫人から伺ったのでございます」

「ルテアのお母さんが!? あっ、いえエンジウム公爵夫人がですか」

 まさかここでルテアのお母さんの名前が出てくるとは思ってもいなかったから、うっかりいつものように呼んでしまった。


 ルテアのお母さんであるティアナ様とは、学生時代から大変良くしていただいている。お屋敷に遊びに行った時なんて一緒にお茶会もする仲なんですよ。


 そう言えば以前、叔父との取引で公爵家の名前を使わしてほしいとお願いしに行った時、試作品の果実糖かみとうを使用したケーキではなく、砂糖を使ったホールケーキを持って行ったっけ。

 あの時すごく喜んでもらえたから口コミでもして下さったのだろう。


「以前奥様が他家のパーティーに出席された際、公爵夫人がたいそう褒められておられたようで、お店の場所を尋ねられても売り物では無いとの事で諦めておられたのですが。それが先日たまたま侯爵夫人お会いされた際、お店をまもなく開かれると伺いまして。

 それならぜひお嬢様の為にと、私をこちらに遣わしたのでございます」

 なるほどそう言うことでしたか、ルテアのお母様グッジョブです。


「そういう事でしたら喜んでお受けさせて頂きます」

「ありがとうございます。奥様も大変楽しみされておられますので、どうぞよろしくお願い致します」

「それじゃご予算とケーキの数、それとお嬢様の好みをお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「畏まりました、ケーキの数は……」


 それから簡単な注文の確認をしてお二人は笑顔で帰って行かれた。


 お出ししたハーブティーはついて来られたメイドさんが大変気にいってくださったので、茶葉を少しお分けしたらそれならぜひケーキもと、大量買いをして下さいました。

 お屋敷へのお土産にしてくださったら口コミで広がると言うもの、私いい仕事したね。

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