第5話無知と鞭と肉球
(ええい、鞭なんて生まれてこのかた手にしたこともないけれど……)
「なんとかなるでしょ」
「ならないぞ、それなりに訓練を積まないと」
「こう? 両手で持つの? なんか重い」
「おい、こっちにふるな!」
剣士は不器用に鞭をふるうレイラの隣りへ。彼女のふりまわす肘が当たって痛い思いをした。
アンデッドの中にも人はいて。
「王子――ナインさま」
「ナイン王子さまー」
どうも王子の従者だったらしい。
「もっと――鞭をも、もっと――」
剣士、嫌悪をあらわに剣をふりまわす。
「ええい、よるな変態ども!」
「女王様――」
「変な呼び方しないでー!」
激しく抵抗を覚えるレイラ。
「私は風俗嬢じゃないのよー!」
「いいえ、あなたの鞭で穢れを祓われると、アンデッドは元に戻るのです」
「な、ならやるわよ……」
「だまされてねえか?」
「事実これで複数の人間が元に戻ったんだもの。無視できないわ」
いばらの鞭をびゅんびゅんふりまわして、モンスターを片付けていく。すると、いつしかアンデッドの気配が消えていくのを嗅覚に感じた。静かだ……。
「イヴ、あんたこれどうするつもりだったの?」
ごちると瞬時にイヴが現れた。
「今ちょうど暇だったポロン」
「わ! でた! 暇ならちょっとは手伝ってよー」
「悪の芽を摘むのがボクの役目だポロン。悪そのものは勇者か魔法少女にやってもらわないとだポロン」
「あんた頭おかしいでしょ……」
「優秀なエリートだポロン。これからこの地に新たな王国が誕生するんだポロン。これはその始まりだポロン」
「よくわからないわねー」
「でも手伝ってやるんだろ」
「あんたの記憶のためにねー」
そのまま三人で――「ところでイヴ、あんたの正体は人なの動物なの?」
「レイラの属する概念では説明できない知的生命体だポロン」
王国中をざっと見て回った。
(まあ、イヴは呼べば応えてくれるし。困ったときはヒントの一つでもくれるでしょ)
馬に乗りぱかぱかと荒野を行く。アンデッドをひたすら倒していくレイラ。
「ヒーリング!」
もともとゲル状だったのが液状化して蒸発していくアンデッド。剣士がふらっとよろけた彼女の腰を引き寄せ、しっかり抱えた。
「大丈夫か、呪文連発して!」
「ああうん、これのお陰かな。まだまだいけるよ!」
レイラ、腕にはめたブレスをなでる。
「なんだかすごい力が湧いてくるのを感じるの。身体が軽い! ふわふわしてる」
剣士は顔をしかめた。
「おい、知らぬ間に疲れは溜まってるもんだ。少しは休め!」
「なによ、ちょっと優しくしたからって……私の心はテルちゃんのものなんだから」
「誰だよテルちゃんて」
「ふんっ。教えてあげない」
(でもそうね……テルちゃんも私がバテてるとよく背中をマッサージしてくれたわ。肉球で……♡ は? 肉球? うーん)
その辺の記憶はなぜか思い出せない。
と――と。突然雨のように大量のカエルが降ってきた。
「げ、なにこれ」うもれていくレイラたち。
「神々の浄化が終わったんだポロン」
「へー」剣士、まじまじと見て、
「どうせ降るなら、食えるもんがよかった……」
「あのアンデッドモンスターたちはこの蛙だったポロン」
蛙が降ってくる空を見上げながら剣士、
「うげえ」
「思い出しちゃったの?」
「っ……聞くな」
目を閉ざし、唇を噛む姿に、ふっと笑みがこぼれたレイラ。
「おまえ、笑ったな?」
「いやあ、あんたのそういうところ、好きかもなーって」
「……!」
剣士はなぜかうつむいて目線を合わせない。
「照れているの?」
「だまれ」
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