第2話シャドウ・サイドと翠の剣士
(私は、なにをしていたの?)
思い出せない。そこへ、動物の唸り声。獣の匂い! レイラは総毛だって悲鳴をあげた。
「助けて!」
打撲音がして、視界から獣の姿が消えた。金属の音がして、血払いをする小柄な姿が見えた。見えたといっても、空には月一つ。よほど暗闇になれてなければ見えっこないはずで……ところが見えたのだ。不思議なことに。
(そういえば、私、どこから来たんだろう?)
彼女はその人物を注意深く見た。身なりは……チュニックに長靴下。中世イタリア前期の恰好。
(うん、これ知ってる。漫画で見たことある)
どこか茫洋としている翠の目。白銀の月に輝く頭髪。レイラを見ると、少し驚いたように、彼女にはわからない言葉で話しかけてきた。
わ! 近くで見ると超イケメン! 惜しい! ジャニーズにはかっこよすぎる。ハーフかしら、彫りが深くて……まつ毛なっが! モテるだろうなー。と、今はそんな場合ではない。
「えと? あの? ちょっ。ノーノー!」
わからない、とジェスチャーで示すと、あからさまにがっかりした顔をされた。剣一つを腰のベルトに佩いている。光の消えた目で寂しそうに見つめてくる。
(どうしてそんな目で見てくるの――?)
レイラが戸惑っていると、不思議生物が現れた。
それは真っ白な光に映るが実体はあるのかないのか……。唐突に天から降ってきた。左右にぽよぽよと弾みつつこちらをうかがっているようだ。ぽわぽわと瞬くように点滅している。それが、生き物らしいのだ。
「レイラ、ボクはイヴだポロン。初めまして」
思わず彼女は問いかけた。
「何の用?」
「頼みがあるポロン」
それは音以外の言葉で話しかけてきていた。
「一応言葉が通じるのか……」
「レイラはまだこの世界になじんでないだけだポロン。大丈夫。言葉はすぐにわかるようになるポロン」
「ええ? 私外国語自信ないんだけど……」
「できるはずだポロン」
「そんなこと言ったって……それにどうして私の名前を知っているのよ」
「頭の中の情報をちょっぴりいただいたポロン」
「こわ!」
「そこの少年剣士は記憶をいじられて元の世界のことは忘れているポロン」
「え? もしかしてそれもあんたの仕業!?」
「ちがうポロン」
「ああそう……」
「高度な知的生命体はそこまで無意味な操作は好まないポロン」
「はあ……」
「ていうか……「元」の世界とここは別世界なのね?」
「そうだポロン。いわゆる異世界転移だポロン」
「なにがなんだかわからない」
「前の世界でなにか強い感情に支配された覚えがあるポロン? いわゆる闇に堕ちた者がここにくるんだポロン」
「強い……感情? 闇?」
「転移の途中で忘れることが多いポロン。ま、そこまで強い感情は本来、捨て去って生きるほうが楽だポロン」
「ここでは望むだけ生き、また死ぬことが可能だポロン」
「え? そんなのうれしくない。特に後半」
「まずこの月光の王国の王様にあって話してみるポロン」
「王様に……?」
「それからこれは太陽神のブレス。きっと役に立てるポロン」
黄金の籠手のようなブレスレットだった。
「あ、キレイ……」
「それと、この世界の常識として、二つまでの魔法呪文を使えるようにしてやるポロン」
砂あらしのようなノイズ音がして、なにか意味深な情報が脳に刻みこまれる感触がした。
「へ、へえ。ゲームみたいな」
「同じだポロン」みもふたもないが、気にしない。
「属性は?」
「行使する者の本質にかかってるポロン」
「へー、なんだろー。ばっきばきに強い攻撃呪文とか!?」
剣士はどこか呆れた顔で見ている。
「呪文は必要なとき、使えるようになるポロン」
それまで正体がわからないのか。つまらん。
「でもどうしてそんなに親切にしてくれるの?」
「この世界はまだまだ未成熟で、いろいろ危ういポロン。中枢に怪しい存在を三つ見つけたから捕まえてほしいんだポロン」
「なんで自分でやらないの?」
「あ! 飛空艇のチューニングが終わったポロン。ではまただポロン」
「同道してくれるんじゃなかったのー?」
横で溜息の剣士。
「オレが行く。王都までの道はわかるからな」
(あ、言葉、わかる)
「あんた記憶喪失じゃ……」
「さっき来た道くらいわかる」
「へえ……王都から来たの」
「だまってついてこい」
「変なとこに連れ込む気じゃないでしょうねー?」
がん! と白い巨木の幹を殴って剣士、
「だまってついてこいと言った」
「ハイ……ごめんなさい」
(こ、こわ~~)
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