宇宙人にさらわれて

 ――耳の奥に小さな虫が入り、その虫が鼓膜を噛み千切るような不快感で目が覚めた。


 顔面の肉が、痙攣する思いがする。

 この音で、俺の顔面偏差値がさらに下がったことだろう。

 まあ、もともと高くはなかったがな。


 ……それよりも、だ。


 俺は今まで、何をしてたんだっけ?

 俺は重い瞼を持ち上げ、瞳に突き刺さる眩しさに耐えながら、辺りを見回す。

 すると、そこは広大な……というより、果てしなく続く無限の白い空間だった

 何だ?

 まるで四次元空間じゃねーか?

 ここはドラえもんのポケットの中か?

 そして無限に続く白い空間の中にテーブルのように硬いベッドがあり、俺はそこで横立っている。

 何だよこれ?

 どうして俺は、こんな場所にいるんだ?

 それから脳ミソの歯車の潤滑油が徐々にいきわたり始めたときだ。

 俺は思い出した。


 ああ、そうだった。

 俺はさらわれたんだったっけな。

 宇宙人に。


 俺は固いベッドの上で上半身を起こす。

 全身が鉛になってしまったかのように、体が重い。

 鈍い痛みが、体の奥でまだ居座っている。

 しかもさっきの不快音も、鼓膜に貼りついて離れない。


 ったく、最悪な目覚めだぜ。

 宇宙人には、地球人のモーニングコールという誇るべき文化を教えてやらねーとな。


 俺はベッドから降り、床に足をつける。

 俺は一度、身ぐるみはがされたのか、裸の上に薄いエプロンのような布が被せられているだけだった。

 なんだよこの格好……今から解剖か?

 それともヌード撮影か?


 どちらにしたって、お断りだ。


 ベッドから降りた俺は、足を前に進める。

 ここから逃げるために。

 この白い空間がどこまで続いているのかはわからない。

 本当にここが四次元空間で、永遠と空間が引き伸ばされているのであればまだしも、もしかしたら、どこかに出口があるかもしれない。

 でも、相手は宇宙人だ。

 人知なんて遥かに超えてるだろう。

 だからドラえもんのポケットの中のように、ホントにここが四次元空間である可能性があるわけで――



「――イテっ!」



 突然、鼻に走った激痛と共に、俺は見えない壁にぶつかった。

 と同時に、全身をドンッと打ちつけ、尻餅をついてしまう。

 見えない壁にぶつかる……そんなの、人生の比喩以外で使うことなんてないと思っていたのだが、まさかホントにぶつかるとはな。

 ははは……

 いや、笑えねーよ。


 俺はまた立ち上がる。

 鼻血は出ていない。


 そして見えない壁に触れる。

 しかし、それは透明の壁ではなかった。


 白い壁だった。


 それでわかったのは、ここは直径10メートルほどの筒状の空間で、床も壁も天井も、全て白い塗装が施されているということ。

 だから俺は永遠と続く白い空間だと錯覚してしまったわけだ。


 なんだよ。意外にアナログな演出だな。宇宙人も案外、大したことないのかもな。


 俺の鼻から小さな笑いが漏れる。

 そして――


「おい! 開けろ! 宇宙人!」


 俺は白い壁をドンドンと叩きながら、叫ぶ。


「開けろ! 宇宙人! どうせ見てんだろ? 俺を監視してるんだろ? だったら出て来いよ!」


 何の変化もない。

 俺が叫び、壁を叩く音が鳴る以外に、この空間に変化は無い。


 ったく。埒があかねーぜ!

 こうなったら、俺の最強の武器をお前らに見せてやるぜ!

 いいか? よく見てろよ!


 そして俺は着ていた布をめくり、どこかで見ているであろう宇宙人に、“生の”下半身を見せつけてやろうとした。

 そのときだ。


 白い空間の一部が、変化した。


 白い空間に、いきなり絵が映し出されたような風景。

 しかもその絵には、〈新型〉だと思っていた宇宙人が描かれている。

 しかし、それは絵ではなかった。

 白い空間の壁にあった扉が、突然開いたのだ。

 そして扉の向こうに、宇宙人が立っている。


「何だ? そんなに俺のアレをじかで見たいのか?」


 俺は宇宙人に言う。「だったら、いいぜ! ホラよ!」


 だが――


 ――突然直撃したボディーブロー。


 そのせいで、俺は一メートルほど飛ばされた後に、床に転がった。

 今の一撃で、腸が破裂したかもしれない。

 それぐらい痛い。


「な……何しやがんだ……」


 相手は宇宙人だ。

 俺の言葉が――日本語が通じるかなんてわからない。

 でも、無意識に俺の口からそんな言葉が漏れてしまう。

 俺は宇宙人を睨みつけるが、宇宙人は平然とした足取りで、床でひるんでいる俺に歩み寄ってくる。

 そして宇宙人は、俺の胸倉を掴む。


「何だよ……」


 俺は宇宙人を睨み続ける。「弱い地求人をいじめて、そんなに楽しいか?」


 宇宙人の表情に、変化は無い。

 まるで仮面を被っているかのように、表情が、感情が読み取れない。

 だが、俺のこの表現は、間違っちゃいなかった。

 なぜなら、宇宙人は本当に仮面を被っていたからだ。

 宇宙人は俺の胸倉を掴みながら、もう片方の手で仮面を外す。

 ただ、仮面を外す、という表現は違うかもしれない。

 宇宙人は首の後ろにあるスイッチを押す。

 それに反応する形で、顔が突然、縦に割れた。

 それから顔は左右に広がり、その奥にある宇宙人が素顔が曝される。


 ところが――


 宇宙人の素顔を見て、俺はド肝を抜かれた。

 だって、仮面の奥にあった宇宙人の素顔というのが――

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