盾になれ

 だって、仮面の奥にあった宇宙人の素顔というのが――


 ――人間だからだ。


 しかし、普通の人間じゃない。

 どういうサービスチャンスがめぐってきたのかは知らない。

 でも目の前に素顔をさらした人間は、かなりの美女だ。

 しかも白人の美人。

 小顔で、長い金髪を後ろで結い、瞳はサファイアのように青くて大きい。

 歳は俺と同じくらいか? 二十歳か、それくらいだと思う。

 こんな美女に見つめられると……いや、実際は睨まれているわけなのだが、どんなシチュエーションであるにせよ、恋に落ちてしまうじゃないか。

 フォール・イン・ラブ。

 だが……

 俺は思う。

 これは罠かもしれない。

 俺を油断させるための。

 つまりハニートラップ。

 相手は人知を超えた宇宙人だ。

 だから理想の女に変装するくらい、息をするのと同じくらい簡単だろう。


「ケケケ」


 俺は笑う。「どうした? イケメンを相手に、素顔をさらすのが恥ずかしいか? このブス宇宙人」


 その直後だ。

 痛みと共に、頭が激しく揺れた。

 俺の頬が殴られたのだ。

 美人に扮した宇宙人によって。

 まあ、ここがまだ平和な地球で、マゾが集まるクラブだったら、この上ないご褒美なんだろうが、残念だが、俺には苦痛でしかない。

 しかも口の中が切れたようで、鉄の苦い味が口の中に広がる。

 俺は宇宙人を睨む。

 宇宙人も俺を睨んでいる。

 あのサファイアのように透き通った美しい瞳には、凍りそうなほど冷たい光が宿っている。

 そして宇宙人は口を開いた。

 だがそれは、宇宙語でも、英語でもなかった。


「こんな奴が私たちの希望だなんて、呆れたわ」


 宇宙人が喋ったのは、なんと日本語だった。


「こんな奴に頼らなくちゃいけないだなんて、胸糞腹が立つ」

「お……おい……」


 どういうことだよ。俺にはさっぱりわからない。

 宇宙人が日本語を喋れるのは、高度な翻訳装置のおかげだとしても、何で俺が宇宙人の希望なんだ?

 脳内回路がスクランブル状態の俺は、パニックを起こしそうになる。

 そんな俺に、宇宙人は聞く。


「お前が、遊間アスマ ヨリか?」

「アスマ……ヨリ……」


 その言葉を口にした途端、俺の口から笑いが漏れてしまう。


「ケケケ……そんな奴、とっくに死んだよ。俺が殺したんだ」

「……そうか。じゃあ、聞く。遊間アスマ 葉月ハヅキが暴走させている軍事システムの攻撃が、お前にだけ無効になる。そうだな?」


 宇宙人が言っているのは、例の“力”のことだ。いわばチート。

 でも、何でそんなことを宇宙人が知りたがってるんだ?

 人類の危機だとか、希望だとか、宇宙人おまえらに何の関係がある?

 隣の国で蟻が絶滅しようと、しまいと、俺には関係ない。それと同じだろ?

 だが、とりあえず俺は頷いた。

 俺に“力”があるか?という問いに対し、俺は首を縦に振る。

 すると、宇宙人は言った。


「お前に頼みがある」

「頼み? どんな頼みだ? お前らの家事を手伝うくらいならいいが、解剖されたり標本にされたりするのは、御免だ」

「そんなことはしない。お前は重要な、資源なんだ」

「資源? おいおい。待てよ。俺を燃やして、UFOの動力源にするつもりか?」

「そうじゃない」

「じゃあ、何だよ?」

「いいか。よく聞け。我々の要求は、こうだ」


 そして宇宙人は、一瞬だけ間を置いた後に、こう言った。


「アメリカの、盾になれ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る