第4章 やっぱり、人類は滅亡するしかないのですか?

ヨリ? そんな奴、とっくの昔に死んだよ

 

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 ――乾いた銃声が、鳴った。


 そして銃弾は空気を切り裂きながら真っ直ぐ伸びる。

 やがて銃弾は、数十メートル先の〈ガルディア〉の顎の下の、調度喉仏の所にある首が少し出っ張った箇所を貫く。

 そこは〈ガルディア〉の弱点、いわば心臓。

 直後、〈ガルディア〉は脱力したように前かがみになり、静止する。

 その前には、怯えた少女が尻餅をついて泣き叫んでいる。

 そんな様子を、俺はスナイパーライフルのスコープから確認する。

 それから俺は構えていたスナイパーライフルを背中に担ぎ、匍匐ほふく状態から立ち上がる。


 ここは廃墟と化した住宅地の中にある、小さな丘がある公園。


 俺は丘の階段を降りながら、泣き叫ぶ少女に近づく。

 少女は階段を降りた先にある、丸い天井を四本の柱で支えているオブジェの中にいる。

 年齢は、5歳か6歳あたりだろう。

 しかし、少女の叫びは収まらない。

 それは近づいてくる俺に怯えているわけじゃない。

 〈ガルディア〉が、もう一体いるからだ。

 しかも〈ガルディア〉が俺たちに近づいてくる。

 しかし〈ガルディア〉の動きは止まる。

 理由は簡単だ。

 俺がいるからだ。

 動きが止まった〈ガルディア〉は、弱点である顎の下を赤く光らせる。

 俺はホルスターからリボルバー式の銃:黒のコルトパイソン6インチを取り出す。

 それで〈ガルディア〉の弱点を撃ち抜く。


 はっ! さすらいのガンマン気取りかよ……


 なんて自虐的になる。

 一方〈ガルディア〉は、弱点を撃ち抜かれてしまったことで、俺がいなくなっても、これ以上動くことが無くなった。

 それを理解してか、怯えていた少女は尻餅をついた状態から立ち上がり、


「ありがとう……お兄ちゃん……」


 と言った。

 お兄ちゃん……その言葉を聞いて、俺は思わず吹き出し笑いをしてしまった。


「ケケケ……」


 すると少女の表情は恐怖から怪訝に切り替わる。

 あからさまに嫌悪感を見せつける。

 そしてこう言った。


「もしかして、お兄ちゃんはヨリって人? 無敵で、みんなが殺したがってる」


 その台詞に対し、俺は少女を睨みつけ、


「ヨリ? そんな奴、とっくの昔に死んだよ」


 と言った。そして、こうも付け加えた。


「ヨリは、俺が殺したんだよ。この手でな」


 すると少女の顔が、一気に青ざめていくのがわかった。

 それから少女は、怯えたウサギのように、俺から逃げるように走り去っていった。


「ケケケ……」


 俺の口から、また笑いが漏れてしまう。

 俺は少女を助けた。

 だが、どうせいずれ殺されてしまうだろう。

 そう思った直後、いきなり肺から熱いものが喉に込み上げてきた。

 息が苦しい。

 そして喉が焼けるような感覚と共に、俺はむせる。

 口に手を当てながら、何度も咳き込む。

 ようやく咳が収まったところで、俺は口に当てていた手を離した。

 俺はその手を見る。

 手には、くすんだ色の血が付いていた。



 あれから――つくばに原爆が投下されてから、おそらく数年という時が流れた。



 人類は、確実に滅亡へと向かっている。

 70億いた人口が、今現在、具体的にどれだけの数になってしまったのかはわからない。

 しかし、物凄く減った、ということはわかる。

 人と会うことは滅多になくなったし、〈W-E〉を起動してもマップ上のマーカーはスカスカだ。

 それはドローンで補充される「補給所」も随分と減ったことを意味する。

 人がいない場所に、ドローンは「補給所」に補充しに来ない。

 だから物資が不足している。

 娯楽は特にそうだ。

 酒は、今じゃ宝石に等しい。

 酒の取り合いで、殺し合いが起こるほどだ。

 俺は運よく半壊したスーパーの倉庫から見つけたウィスキーのボトルを少し舐める。

 本当は一気に飲みたいが、その欲望を何とか抑える。

 自分が酒を飲んでいい歳になったのかなんて、わからない。

 カレンダーなんて、久しく見ていないからな。

 自分の年齢なんて、雲の形を口で表現するのと同じくらい曖昧だ。

 たとえまだ未成年だとしても、それを取り締まる法律なんて、もうありゃしない。

 俺はフェイスマスクで顔の下半分を覆い、厚い埃が被ったコートを着たまま、片足を引きずってバイクに向かった。


 バイクは灰家の車庫でたまたま見つけた、黄色いオフロードバイク。


 それに跨り、エンジンを吹かす。

 グリップを何度か捻る。

 免許なんて持っていない。

 免許を取る場所なんてないから、バイクの運転は独学で覚えた。

 何か問題があるか?

 俺はアクセルを踏み、滅亡へと向かう世界を行く。

 怖いものなんて、何もないさ。

 何だって俺は、無敵だ。

 この“力”があれば、〈レオ〉も〈ガルディア〉も、その他の兵器も、俺を攻撃できない。


 俺はバイクで、かつて東京と呼ばれていたエリアを走る。


 郊外や田舎より、まだ東京の方が物資が残っている。

 だから俺はつくばから東京に拠点を移し、ネズミみたいに「補給所」の残飯やコンビニの倉庫をあさって生活している。

 誰もいない街を走っていると、心に風が吹く感じがする。

 この街は、俺だけでは広すぎる。

 人間より、おそらく〈レオ〉や〈ガルディア〉の方が多いんじゃないかと思う。

 ターゲットがいないんじゃ、きっとあいつらも暇だろう。

 やることがないから、そのうち喫茶店に行ったり、映画館に行ったり、仕舞いには会社を立ち上げて新しいビジネスを始めたりするんじゃないだろうか?

 なんて……ありえるかよ、そんなこと。

 俺が走る道の両脇にはビルが立ち並んでいる。

 ビルと言っても、超高層ビルじゃない。

 10階~15階建てくらいのビルだ。

 その中の一つのビルの屋上に、1体の〈ガルディア〉が見えた。

 人間ターゲットを探しているのだろうか?

 過疎化したオンラインゲームのように、〈ガルディア〉にとっても誰もいないこの東京フィールドは広すぎるのだろう。

 俺と一緒だ。

 そしてビルの屋上にいる〈ガルディア〉は、俺を発見したようだ。

 だが残念だったな。

 お前は俺を殺せない。

 そういう風にプログラムされているんだ。

 俺が近づけば、あいつらは動きが止まって弱点を晒す。

 でもまあ、今回は見逃してやるよ。

 今は運転中だし、無駄に戦って体力を消耗するのは非効率だ。

 そういうわけだ。じゃあな――

 そして俺は屋上に〈ガルディア〉がいるビルを走り過ぎようとした……

 だが――


 ――どういうことだ?

 ――どうして、そんなことが起きるんだ?


 俺は混乱して、精神が正常に保てなくなる。

 あり得るわけがない。

 でも、実際に起きている。

 え? 何が起きたかだって?


 〈ガルディア〉が、いきなり俺に向かって攻撃を開始したんだよ。

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