これは戦争でもない

「それじゃあ、お前ら、死んでくれ」


 トリガーにかかるガキの指に、力が入るのがわかった。

 死は、ゆっくりと迎えに来るものなのかもしれない。

 だってその瞬間、全てがスローモーション再生されているかのように、時間が引き伸ばされているからだ。

 そしてお迎えが来る。

 俺に銃を向けるガキの背後にある窓。

 そこから白い羽のようなものが浮かんでいるのが見える。

 もしかして、天使の羽か?

 それとも、死神の羽か?

 しかし、どちらでもないことがすぐにわかる。

 白い羽のようなものは、直径10センチ程度の白い円盤だ。

 しかも円盤にはカメラのレンズがついていて、それが俺たちの姿を捕えて離さない。

 あの円盤が、宇宙人が作った物ではなく、人間が作り出した物であれば、間違いなく、こうだ。


 ――索敵ドローン。


 であれば、俺たちは既に、ロックオンされているということ。

 だから――


 ま ど か ら は な れ ろ !


 そう叫んだつもりだった。

 しかし時間が引き伸ばされてしまっていると感じているほど、俺の感覚が加速している。

 そのせいで、口が、声帯が、俺の意思に追いつかない。

 よって俺の言葉が届けられる前に――


 ――目の前が、爆発した。


 と同時に、俺に銃を向けていたガキの手足が、胴体から捥ぎ取れる。

 そして胴と頭だけになった肉塊が、俺にぶつかる。

 しかし恐怖を感じている暇はない。

 爆発と同時に、床が崩れ落ちる。

 俺の体は、ガキだった肉塊は、大きな瓦礫と共に落下する。

 それはタケシも、チエちゃんも同じだ。


 まだ、俺の時間はゆっくりと流れている。


 まるで宇宙空間にいるように、ゆったりとした浮遊感。

 捕えられていたチエちゃんは、ガキから離れ、俺に向けて手を差し伸べている。

 俺は手を伸ばし、その手を掴む。

 そしてチエちゃんを、俺の元に引き寄せる。

 その直後――


 全身に衝撃が走る。

 さらに瓦礫の雨が、頭上から降ってくる。

 俺はチエちゃんを抱きかかえ、必死に守ろうとする。


 ――誰かの悲鳴。


 だがその悲鳴も、瓦礫の雨によって押し潰されてしまう。

 やがて雨が止んだ。

 そして俺の時間も、元に戻った。

 世界が通常再生される。

 どうやら、俺もチエちゃんも、無事のようだ。

 砂埃で体は真っ白だが、二人とも息をしている。

 しかし、タケシが見当たらない。

 俺の両脇に積もった瓦礫の山から、夥しい量の血が、まるで山の湧水のように流れ出している。


 まさかガキどもと一緒に、あいつまでこの瓦礫の雨に押し潰されてしまったということかよ?

 そんなことってアリかよ!

 嘘だよ言ってくれよ!


 唸り声。


 クソッタレ!

 俺に親友をしのぶ時間さえも与えられないってわけかよ!


 〈レオ〉は3体。

 その後ろに〈ガルディア〉が2体。

 それらが俺とチエちゃんに迫る。

 戦うしかないのか?

 しかし、どうやって?

 俺は地面をまさぐり、コンクリートの芯となっていた鉄の棒を拾う。

 武器となるものと言ったら、こんな物しかない。


「ヨリ!」


 俺の名前を叫ぶ声が聞こえた。

 俺は声のした右側を見る。

 すると、タケシがいた。

 瓦礫の隙間から、タケシが顔を出している。

 タケシは、まだ生きていた。

 だが喜んでいる暇などない。

 〈レオ〉と〈ガルディア〉が、俺たちに迫ってるんだ。


「これを使え!」


 タケシがまた叫んだ。

 そしてタケシは、俺に向かって何かを投げた。

 拳銃だ。

 さっきまでガキたちが手にしていた武器を、俺に向かって投げたのだ。

 銃は一度地面に落ち、地面を滑って俺の所にまで届く。


「チエちゃん、離れてて」


 俺はそう言ってチエちゃんを体から離し、タケシがくれた銃を拾う。

 そして立ち上がる。

 右手に銃。

 左手に鉄の棒。

 ったく、最新鋭の軍事兵器を相手に、頼りになる装備品だぜ。

 〈レオ〉たちは今にも俺を喰ってやると言わんばかりに唸り、〈ガルディア〉たちは俺を跡形もなく吹っ飛ばしてやると言わんばかりに、バズーカ砲やらライフルを構えてみせる。

 きっとあのバズーカ砲で、校舎をぶっ飛ばしたのだろう。

 男一人相手に、フェアじゃねーだろ。

 まあ、これはスポーツじゃない。

 戦争でもない。

 俺の妹がもたらした混沌。

 ルールなんて、無いんだ。


「俺が奴らを引き付けている間に、うまく逃げろよ!」


 俺はタケシとチエちゃんに向けて、そう叫んだ。

 そして〈レオ〉と〈ガルディア〉がいる方向に向かって、俺は正面から突っ込んだ。

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