滅びた町

「フ……〈フーム〉……なのか?」


 だがそれを確かめる前に――


「お兄ちゃん! こっち!」


 背中で声がした。

 妹の声だ。

 振り返ると、やはり妹がいた。

 しかし、今の妹はバニーガール姿じゃない。

 いたってカジュアルな服装。

 Tシャツとサスペンダーとミニスカート、そしてニーハイソックスとハイカットのスニーカーをはいた妹が、約20メートル先に立っている。

 そして俺に手を振った後に、走り出した。


「おい! 待て!」


 俺は妹を追いかける。

 ったく、さっきから妹を追いかけてばかりだ。

 今度はどんなワンダーランドに連れて行こうとしてるんだ?

 しかし妹が角を曲がったことで、俺の視界から妹が消えてしまった。

 見失ってはマズい。

 俺は走る速度を上げ、急いで妹が曲がった角を行く。

 そして角を曲がり、しばらく直進する。

 両脇には半壊した住宅が並んでいる。

 だが、全く知らない光景じゃない。

 むしろ、なじみ深い光景――その残骸だ。

 家々は半壊しているとは言え、そこが誰の家で、誰が住んでいたのかは知っている。


 ――なぜなら、ここは俺の近所だからだ。


 つまりここは、俺が住む「つくば市」の住宅地。

 そして俺の住む町は、何者かによって――恐らく〈フーム〉によって破壊されている。

 しかしなぜだ?

 〈フーム〉はゲームの中だけにしか存在しない、架空の生き物だ。

 それが何で現実に登場して、俺の町を破壊しなくちゃならないんだ!

 いや、ちょっと待て。

 これはそもそも、現実か……?


 俺は走りながら頭を振る。


 気をしっかり持て。

 真実を、ちゃんと自分の目で確かめるんだ。遊間アスマ ヨリ

 俺は自分にそう言い聞かせる。

 本来であれば、この道を真っ直ぐに進めは、よく行くスーパーがある。

 そこに行けば、誰か知っている人間に会えるかもしれない。

 しかし――


 そこに、スーパーは無かった。


 あったのは、荒野のように開けた場所。

 そして所々から立ち込める煙と、死体――


 ――それも瓦礫の隙間と隙間を埋めるように転がる、たくさんの死体――


 さっきの戦闘機によって、空爆されてしまったのか?

 それを見た瞬間、俺に激しい眩暈めまいと吐き気が襲う。

 視界から入ってくる強烈なビジュアル信号だけでなく、肉が焼ける香りと、髪が焼ける異臭とが混ざり合った空気が俺の嗅覚を著しく、そして強烈に刺激し、一瞬にして心を疲弊させる。

 しかも死んでいたと思っていた一人が、突然、俺の足首を掴んだ。

 そして地面から俺を見上げる。まるで神に救いを懇願するように。

 それは、俺の知っている人――

 顔は焼きただれて赤く、瞼は全て燃え尽き、眼球がとび出してしまいそうになっているが、わかる。

 彼はまさに、ここにあったはずのスーパーの、店長だ……。


 それがわかった瞬間、俺は悲鳴を上げて逃げていた。


 ――これはゲームじゃない。


 俺は確信できる。

 ゲームでこれほどまでに圧倒的な情報量を再現することは、絶対にできない。

 どんなにリアルにできたゲームでも、現実と比べれば、やっぱりどこか、ちょっと違う。

 だからつまり、ここは現実で、ここの店長は、本当に、死にかけているんだ。


 じゃあ問題は、なぜ俺の町が、〈フーム〉によって破壊されなくちゃならないのかってことだ。


 向こうで、重々しいプロペラ音が聞こえ始めた。


 見れば、巨大な黒いナマズに4枚の羽が生えたような形をしたティルトローター。

 それが各羽の先端に取り付けられた4つのブレードを激しく回させ、宙に浮いている。

 だがそのティルトローターは徐々に降下し始める。

 ここの近くで着地するようだ。

 しかもそのティルトローターの機体には、日の丸がプリントされている。


 ――日本軍だ。


「助けてくれ!」


 日本軍だとわかった瞬間、俺はティルトローターを追いかける。「助けてくれ! 〈フーム〉が……〈フーム〉が俺たちを襲ってるんだ!」


 そして俺はティルトローターの着地地点である市民公園にたどり着いた。

 市民公園には開けた広場があり、そこにティルトローターが着陸する。

 市民公園はまだ空爆されておらず、公園を囲むように植えられた桜の木や遊具施設はまだ無事だ。

 そのせいか、周辺の住民たちはここに避難してきていて、既に大勢の人が集まっていた。

 人々は警戒しているようで、ざわつきながらも、ティルトローターに近づこうとも、遠ざかろうともしない。

 それからティルトローターのテイルハッチが開く。

 ハッチはそのままタラップになり、そこから何かがぞろぞろと機内から降りてくる。


 降りてきたのは、なんと、人間じゃなかった。


 でも、それが何であるのかを、俺は知っている。


 HMP:Humanoid Military Products――通称〈ガルディア〉。


 要するに、軍事用に開発された兵士ロボットだ。

 量子ネットワークによるクラウド上のAIによって運用される、自律思考型ソルジャーと言えば話が早い。

 ロボットの脳ミソとなるAIはクラウドによって一括管理されているから、高価なAIユニットを個別の機体に実装する必要がなく、比較的安価に量産できるのがウリだ。

 そのため今や発展途上国から先進国、ましてやテロ国家までもが〈ガルディア〉を導入するほど、世界で最も普及したHMPとなった。

 見た目については、全身が装甲で被われているためゴツい体型、顔は戦隊もののマスクのようで、いかにもロボットですといった具合。

 塗装はデジタルの迷彩柄が施されていて、手には最新のメカニカルなアサルトライフルが握られている。


 そんな〈ガルディア〉だが、ここに着たということは、俺たちを守りに来てくれたということ。

 だからもう、〈フーム〉に怯える必要はない。

 そう、思ったんだが――


 市民公園に、無数の悲鳴が轟いた。


 俺の思いと、現実は、全く違っていた。だって、ほら――


 〈ガルディア〉たちが、俺たち市民に向かって、発砲し始めたんだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る