『THE WAR LEFT -残された戦争-』

 おい、こんなことって……アリかよ。

 だって……あともう少しなんだぜ……。


 倒れた〈フームα〉は起き上がる。

 そして俺の手の中にあるベレッタを、ゆっくりと奪い取る。

 その際、〈黒い影〉が俺の顔をじっくりと覗き見る。


「随分と、余裕な素振りじゃねーか」


 俺は〈黒い影〉に向かって、そう吐き捨てる。「まあ、どうせ俺は、もう動けないんだ。だから好きなところから犯せばいい。ケツだって、好きにしていいぜ」

 直後、側頭部から電撃のようなショックが走る。

 〈フームα〉が、ベレッタのグリップで俺の頭を殴ったんだ。

 そのせいで、俺はまた倒れる。

 当然、起き上がって抵抗することはできない。二度と。


 〈フームα〉は、またさっきと同じように俺に銃口を向ける。

 さらに引き金にかかる指に、力を込める。

 そうか。ついに俺は、ここで終わるのか。しかし――


「はははははははは……」


 俺の口から、思わず笑いが漏れる。

 俺は、おかしくてたまらなかった。

 今にも〈フームα〉に殺されようとしているのに、あともう少しで長い戦争の決着がつく寸前までいったのに……俺に悔しさや無念といった感情は一切ない。

 それどころか、愉快でたまらない。

 それは、俺の頭がおかしくなったからじゃない。

 俺の脳ミソは、まだ正常だよ。

 じゃあ、なぜ笑うかだって?


 俺の左手の中にあったものが、床に零れ落ちた。

 それはシルバーの輝きを放つ、細くて小さな金具。

 その金具は、こういう形をしている。


「 〇― 」


 つまり手榴弾グレネードの安全ピン。

 それが俺の左手から零れ落ちたんだ。

 ここまで言えば、もうわかるだろ?

 そうだよ。

 〈フームα〉と揉み合っている最中に、俺はこっそりと手榴弾を〈奴〉に仕込んだんだ。

 そして仕込んだ手榴弾は、もうじき爆発する。


 手榴弾の安全ピンを見て、さすがに〈奴〉も慌てている。

 自身の体を両手で撫でまわし、仕込まれた手榴弾を探す。

 でも、無駄だ。

 見つけられたとしても、その直後に爆発する。

 〈お前〉には、どうすることもできないんだよ。

 そして人類は、〈お前ら〉に勝つんだ。


 しかし、ここで問題がある。


 〈フームα〉は俺のすぐ傍にいる。

 この距離だ。

 手榴弾が爆発した瞬間に、俺も巻き込まれてしまう。

 きっと死ぬだろう。

 でも、いいんだ。

 これで、いいんだ。

 これで人類が救われるなら――妹のかたきがとれるなら――これで、いいんだよ。


 さあ、もう時間切れだ。


 〈フームα〉の体が、爆発した。


 その爆風は凄まじい。

 俺の視界から、ありとあらゆるものを消し去ってしまうほどに。

 そして何もない、ただ白い景色だけが俺の視界に残されてしまった。

 そこに、こんな文字が浮かび上がる――


 THE END


 それから音楽が流れ、エンドロールが流れ始める。


「いやー。久しぶりにゲームも楽しいもんだな。夢中でプレイしてたぜ」


 そう。今までの出来事は、全部ゲーム。

『THE WAR LEFT -残された戦争-』というタイトルの、VRMMOFPS:多人数参加型バーチャル一人称シューティングだ。


「……にしても、VRというだけあって、すげーリアルだったなー。最後の爆発なんて、ホントに爆風を体に浴びたんじゃないかってくらい、臨場感があったぞ!」

 俺は手足を大きく伸ばす。

 それから頭にかぶったVRゴーグルを外そうとする。

「じゃあハヅキ。俺はそろそろ夕飯の準備を始めるから、手伝ってくれよ。今日はハンバーグだ。お前も好きだろ? 一緒にハンバーグの生地をコネコネしようぜ。でもハヅキ、料理中に俺に密着するのは禁止だからな」

 そしてVRゴーグルを外せば、そこにはリビングがあって、先にゲームオーバーになったハヅキが、退屈そうにソファーに座っているはずだった。


 ……はずだったのだが――


 ――VRゴーグルを外した直後に見た光景……それはまるで、人類が滅亡したときのような廃墟だけが、目の前にあった……。

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