死闘

 ――さあ、どうする?


 今の俺は、体が麻痺しているとは言え、呼吸はできる。

 目も動かせる。

 そして口も、僅かだが、動かせる。

 だから俺は、言ってやった。


「くたばりやがれ! このクソ野郎!」


 しかし、それは単なる挑発ではない。

 明確な、俺の反撃開始の、意思表示だ。


 は? どうやって反撃するかだって? んなの、黙って見てろ!


 俺は額に押し付けられているベレッタを掴む。

 と同時に、ベレッタから破裂音が鳴る。

 〈フームα〉が、ベレッタの引き金を引いたのだ。

 だが、銃弾は俺に当たらない。

 俺は頭をズラすことで、ギリギリのところで銃弾を躱す。

 銃弾は俺の右耳のすぐ傍で床に着弾。

 ロケット花火が耳元で爆発したような衝撃が走る。

 そのせいで、俺の右耳が聞こえなくなる。


 だが、それが何だって言うんだ?

 片方の耳が聞こえなくなったくらいで、死ぬわけじゃない。


 俺は体を起こす。

 そしてベレッタを掴む手とは逆の手で、〈フームα〉の肩を掴む。

 そのまま俺たちは揉み合いになる。


 なぜ俺の体が動かせるかだって?

 俺を甘く見るな!

 こんなこともあろうかと、あらかじめ注射器の中に入っていた液体入りのカプセルを、口の中に入れておいたんだ。

 そして〈フームα〉が俺に近づいてきたときに、そのカプセルを噛み砕けばいい。

 そうやって俺は、妹から貰ったナノマシーンを使って〈フームα〉の神経遮断信号をジャミングしている。

 だが、余裕をぶっこいてばかりもいられない。

 時間は、少ししかない。


 ――15秒。


 それだけが、俺に残された時間だ。

 〈フームα〉と揉み合いになりながらも、俺は〈フームα〉を押す。

 お互いの体が離れることはないが、〈フームα〉は少しずつ後退する。

 そして〈フームα〉の背中が、トンネルの壁にぶつかる。

 もし俺の手が空いていれば、〈こいつ〉を殴ることができる。

 しかし両手は〈こいつ〉を抑えることで塞がっているから、頭を使うしかない。

 それは考えるという意味でない。

 そのままの意味で、俺は頭を使った。


 ――ゴンッ!


 俺は〈フームα〉の顔面に、頭突きを喰らわす。

 それと同時に、俺の脳も揺れる。

 目まいが、一瞬だけ起こる。

 だが、〈フームα〉はまだ倒れない。

 だから俺は、もう一発、頭突きを喰らわせる。


 ――ゴンッ!


 〈フームα〉の体が、一瞬脱力するのがわかった。

 でもだ。

 まだだ。

 まだ〈こいつ〉は、耐えている。だから――


 ――ゴンッ!


 3発目の頭突きを喰らわしてやった。

 するとついに、〈フームα〉は床に沈んだ。


 今だ!


 俺はすかさず〈フームα〉からベレッタを奪い返す。

 そしてその銃口を、〈フームα〉に向けた。


 ――勝った!


 そう思った。

 ついに人類との長い戦争に、決着がつく。

 ついに人類に、自由と平和が訪れる。

 あとは、この引き金を引くだけだ。

 ところが……


 この歓喜は、瞬時に霧となって消えた。

 なぜなら――


 引き金にかかった指が、全く動かないからだ。

 指だけじゃない。

 全身が、また石化してしまったかのように、完全に動かない。

 ということは、つまり――


 ――妹から貰ったナノマシーンの効き目が、切れてしまったのだ。

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