第19話 しっぽ
ユスティアからの返答は、無かった。
思いが届いていないのか、単に許す気が無いのか。理由は不明だが、とにかくユスティアの声を聞く事も、彼女を感じる事もできなかった。
そうして気付く。昨日まではあったものが、今日は無い。そんな喪失感に。
あれ? なんだこれ。何が無くなってるんだ?
何が無くなっているのかは、判らない。ただ、大事なものだって事は、解る。
今朝、目が覚めた後は、身体の調子が良くて浮かれていたのだろう。だから、こんな顕著な変化に気が付かなかったのだ。
……いや、待て。無くなったのは、本当に今朝なのか?
判らない。いつ、なにを、なくしたんだ。
ただ、なんとなく。本当になんとなくだが。白く細い尻尾が、左右に揺れながら遠ざかって行く。そんな映像が、脳裏をちらつく。気がしてるのだ。
「ちょっと
姉の声に、落ちていた視線を上げると。その途中で心配そうに見上げている、テムテムの淡い青色の瞳と目が合った。
「……いたい、いたい。です?」
俺がどこか痛いのかと、聞いているのだろう。けれど、そう聞いているテムテムの顔の方が、よほど痛そうな顔をしていて。
「大丈夫、どこも痛くないから」
この子に、こんな顔をさせてはいけないと。笑みを浮かべて、頭に手を伸ばし、昨日よりも艶の増した鮮やかなオレンジ色の髪を撫でた。
すると、
「ふおぉ……」
俺に頭を撫でられたテムテムは、顔をふにゃりと緩めて、気持ち良さそうに声をこぼした。
そんなテムテムの様子を見ていると、作っていた笑が自然なものに変わっていくのを自覚できた。
ありがとう、テムテム。
▽
テムテムに元気を分けてもらった後は、壊したモクテキを撤去しても新しいものに変えたり、テムテムの稽古の様子を見たりした。あと、見習い巫女達の指導も少々。
俺の心情に気付いてそうな姉は、けれどそこには触れず何も言わず。俺と一緒に、テムテムや見習い巫女達の指導をしていた。
お陰で、良い気分転換になったと思う。
そうしている内に、薄暗かった空もだいぶ明るくなり。朝の鍛錬が終わる頃には、喪失感はあれど、悲壮感はほとんど無くなっていた。
見習い巫女達とはその場で別れ。姉とテムテムと連れ立って母屋へと向かう、その道すがら。
どうにも今朝は尻尾が気になってしまうのだ。だから俺は、気になっていた事を聞いてみる事にした。
「なぁ、テムテム。ちょっと気になってたんだけど、聞いてもいいかな?」
「あい? なにを、きくです?」
姉と手を繋いで俺の隣を歩きながら、こてんと小首を傾げて見上げてくるテムテムに、俺は思い切って疑問をぶつけてみた。
「テムテムってさ、尻尾はあるのか?」
純粋な疑問だった。頭の上にイヌ耳があるのだから、お尻には尻尾があって然るべきだろうと思うのだが、それが見当たらないのだ。
昨日はスカートだったから、中に隠してるのかとも思っていた。しかし、今朝はジャージを履いている。テムテムのお尻が小さいのか、お尻周りの生地には多少の余裕はありそうだが、それでも尻尾がその中にあれば見て判ると思うのだ。
ちなみに、
テムテムに、尻尾は無い。そう結論付けて悲しみが訪れそうだった俺の心は、希望を捨て切れずに、こうして俺に、直接本人からの答えを求めさせたのだ。
純粋な疑問に、無垢な答えが返って来た。
「しっぽ、です? テム、しっぽ、あるですよ?
でも、ちっしゃい、です。テムは、まだ、ごしゃい、ですからよ」
なんだか言葉がおかしくなってるが……えっと、つまり――
「テムテムは、まだ五才で子供だから、尻尾も小さい、と?」
「おぉ! しゃすが、わかさまよ! そうなのよ!」
おお。どうやら正解のようだ。
そうか。あるのか、尻尾。
お! よくよく見てみれば、ジャージの上の裾に隠れた尾てい骨の辺りが、ひょこひょこ動いてる! ……ような気が、しないでもない。
ここはもう少し近付いて……
と、テムテムの後ろへ回ろうとしたところで、姉に声をかけられた。
「ねぇ、
見た目は十代前半な少女だけど、実年齢は五才の幼女のお尻を、ガン見しようとしてるんだけど……」
「あ……」
あー。これ、まずい、かな? うん。まずいね。
疚しい気持ちはなくても、
別に、何が何でも知りたい訳でも無いし。後でラシャ辺りにでも聞けばいいんだから、ここは撤退するが吉だな。
と思って、元の位置へと戻ったのだが、
「わかさまよ。テムのしっぽ、みたいです?」
聞こえた声に横を向けば、テムテムが俺を見ながら、ジャージのウエストに手を掛けているではないか。
「え!? いやちょっと待てテムテム! その手を離せ!」
「ダメよテムちゃん!」
こんなトコでお尻をだすなぁ!
▽
テムテムのお尻丸出しを、どうにか半ケツで阻止した後に、皆で朝食を
姉や静華さんの協力のもとに身支度を整えて、街へと向かい、パートでの働き先を決めた。
午前中は、パートで働き。午後からは、姉から
そんな生活を、しばらく続けた。
そして次の週末。
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