第13話 テムテム
言葉の拙いイヌ耳少女とのコミュニケーションに一区切りがついて顔を上げると、生暖かい目でこちらを見守っていたらしい、真っ赤な袴の巫女装束姿をしたお姉さんと目が合った。
「あ。
目が合ったのは、ザ・巫女といった様子の、俺が産まれる前から
家の敷地の内、東の掃除主任を担当しているらしいので、姉の指示でここに来たのだろう。
で、春さんがここに居るという事は。
辺りを見渡せば、ゲリベンの手下どもは、ロープで縛られた状態で道に転がされ、濃緑色の袴姿の巫女さん達に踏み付けられている。
車内に残っていた運転手役のやつらもだ。
……いつのまに。
ま、まぁ、春さんの部下達だからな、うん。
「ありがと、春さん。お陰で助かったよ」
「これがお仕事ですから」
そう言って微笑んだ春さんは、静々とこちらに近付いて来ると、頭から血を流して昏倒しているゲリベン1号の傍で、腰を落とした。その手には子供の頭ほどの大きさの石を持っている。
何をするのかと見ていると、春さんはゲリベン1号の頭に右手を翳し、
すると次の瞬間、手にしていた石が罅割れ、細かな破片がポロポロとこぼれ落ちた。
一瞬の事で良く観え無かったが、翳した手から石へと
「それって……」
「ええ。この者の傷を、この石に移しました。今は、これで死にはしませんでしょう」
口を衝いて出た俺の呟きに、春さんは穏やかな顔のまま立ち上がりながら、事も無げに答えた。
「うつした? 傷を?」
「ええ。
「……そういえば」
まだ小さかった頃に、転んで泣いてた時にしてもらった記憶が……。
って、いやいや春さん、あれって気休めじゃなかったの? ほんとに傷が、物理的に飛んで行ってたの?
それはもう
俺が明かされた過去の記憶の新事実に戸惑って居ると。
今度はイヌ耳少女の傍まで来た春さんが、袖の中から藁人形を取り出した。
そして、それを左手に持って腰を落とし、右手を彼女に翳して
今度は、さほど派手な事は起きなかった。だが良く見ると、藁人形は若干くたっとして薄汚れたように感じる。
イヌ耳少女へと視線を向けると、着ていたセーラー服の汚れや解れが消え、それは彼女自身も同様だった。なんと黒髪だと思っていた彼女髪は、実のところ汚れて濃い茶色に見えていただけで、汚れが消えると
そして、
「ふおぉ……」
イヌ耳少女は驚きに目を見開き。
おそらく、言葉にして知らせる事の出来なかった身体の不調も、一緒に消えたのだろう、やがて輝く元気な笑顔を浮かべたのだ。
そうしてイヌ耳少女は、その笑顔を春さんへと向け、
「あいらとっ!」
と、ぺこりとお辞儀をしたのだった。
「どういたしまして、可愛いお嬢さん」
笑顔で見つめ合う二人は微笑ましいのだが、俺としては春さんのお
「そのお
▽
ゲリベン一味の後始末を春さん達に任せた俺は、一足先に実家へと戻って来た。
イヌ耳少女も春さんに任せるつもりだったのだが、なぜか俺から離れようとせず。しかたが無く、助手席に乗せて、一緒に帰ってくる事になった。
「さぁ着いたよ。ここが俺の家だ」
「うぅち?」
買い物の入った袋を手に持ちながら、玄関前でそう説明すると、木箱を大切に抱え持ったイヌ耳少女が、こてんと小首を傾げた。
薄々気がついていたのだが。このイヌ耳少女、言葉が不自由な事を除いても、言動が幼い気がする。外見的には中学生くらいに見えるけど、見た目よりも幼いのかも知れないな。
「そう、お家。俺が今、住んでるところ」
「おぅち。すぅこお!」
「あー、うん。そうそう、すうこお」
元気に間違えるイヌ耳少女に苦笑を浮かべながら、俺は袋を左手で持ち直して玄関のドアを開けた。
「ただいまー」
「たぁいまあ?」
俺の真似して帰宅の挨拶を口にするイヌ耳少女を引き連れて玄関の敷居を跨ぐと、そこにはにっこにこな笑顔を浮かべた静佳さんが待ち構えていた。
「おかえりなさぁい、ヨシくん。
それとぉ、いらっしゃいませぇ、お嬢さんっ。さあさあ、上がって上がってっ」
音符が飛び交いそうなほど声を弾ませた静佳さんは、ぽかんとして静佳を見ているイヌ耳少女をぬるりと捕獲すると、靴を脱がせてそのまま奥へと連れ去って行った。この間、およそ三秒ほど。
脱がせた靴をキチンと揃えて置いたにも関わらず、なんて速さだ。
まぁ、静佳さんらしいけど。
俺は、呆れるやら納得するやら、何とも言えずに二人の後を追って、家に上がった。
リビングへ入ると、イヌ耳少女を挟んで姉と静佳さんが幸せそうな顔できゃあきゃあ言っていた。
イヌ耳少女の顔を見ると、緊張しているのか表情は硬いが、嫌そうな様子では無い。耳はぺたんとしているが、あれは怯えているからでは無いだろう。
お使いの品も、無事に静佳さんへと渡ったようで、何よりである。
「俺、荷物置いてくるから」
一応、声を掛けてから階段へ向かったのだが、二人から帰って来たのは生返事だった。
夕飯のメニューは、トマトソースで煮込んだミートボールとナポリタンにオムライスと、野菜たっぷり具沢山なコンソメスープ。
ほとんどお子様ランチなメニューだが、イヌ耳少女に合わせた結果らしい。少しケチャップ率が高過ぎるが……姉とラシャの間に座ったイヌ耳少女が、口の周りをケチャップ塗れにしながらも、フォークを握り締めて大層幸せそうにもぐもぐしてたから、文句なんか言わないさ。
ただ、明日の朝も同じメニューは、さすがに勘弁して下さい。
そんなケチャップ大好きイヌ耳少女だが、俺が荷物を置きに部屋へ行ってくる間に、姉たちが色々と聞き出していたらしいく。ラシャが彼女と一緒にお風呂へ行っている内に、そのままダイニングで食後のお茶を飲みながら、その内容を聞く事になった。
「それで、名前はなんて?」
緑茶を一啜りしてから俺が水を向けると、姉はコーヒカップを置いて話し始めた。
「名前は、ポゥチ村のタムタムっていうらしいわ。可愛いわね」
オレンジの髪のイヌ耳少女――タムタムを思い出してだろう、顔の締りを、姉は無くしている。
まあ、俺も可愛いとは思うが。
「ポゥチ村ねぇ。少なくとも、日本では無いよな」
「そうね。こことは異なる世界だったわ」
まるで見て来たかのような口ぶりだ。
「それって、どうやって知ったんだ? あの子、日本語が上手く話せてなかったけど」
それで俺は、ほとんど会話が成立しなかったんだが。
「それは、
本当は、あまり褒められた方法では無いけど、今回は緊急的な措置として、ね」
「それは、確かに……」
褒められた方法では無いな。頭の中を覗かれるのは、いい気がしない。
でも、緊急的な措置としてってなら、
「まぁ、仕方ないか。
それで、異なる世界ってのは、俗に言う『異世界』ってヤツか?」
「その認識で間違いは無いわ。こことは異なる世界から、落ちて来たらしいのよ」
「落ちて……ああ、前に聞いた気がする。あれだろ? こっちて言う『神隠し』に、向こうであったって事か。
家族は心配してるだろうな……」
「それが、彼女の住んでいた村は、流行り病でほぼ壊滅状態になってしまって。彼女の家族は、両親と兄と祖父母が居たけど、生き残ったのは彼女だけ。
彼女自身も何日も生死の境をさ迷ったけど、家族がなけなしの薬を彼女に飲ませた事で、なんとか彼女だけは助かったみたい。
その代わりに、ね。」
「それは……」
なんて言っていいか、判らんよ。
彼女だけでもと薬を飲ませた家族の気持ちも、残されたテムテムの気持ちも、察するに余りある。
俺には、こうして今は自慢の家族が居るからな。
「そうして、家族が息を引き取って。何日も悲しみに暮れて、食べる物も食べずに泣いて過ごして。
でも、そうしている内に、段々と衰弱していってね。家族がその命と引き換えに救ってくれた命だから、『こんな事でムダにしちゃダメだ』って、彼女は立ち直ったの。
それでも幼い少女一人じゃ、食べ物は満足に得られなかった。家族の畑は、闘病中に手が掛けられなかったから碌に育っていないし、他の村人達も、自分達が生きる事で精一杯。
だから彼女は、山の中へ食べ物を求めて入っていって、こちらへ落ちて来たの。そして、アレが最初に見つけて。
後は、だいたい察しがついてるわね?」
「ああ。うん。そっ、か。なるほど、な」
はぁー……。何とも、まぁ。
生き延びられたのは、喜ぶべきなんだろうが。向こうで辛い目にあった直後に、こっちでも、って……。
くそっ。あのゲリベン共、もっと痛い目に合わせとくべきだったか?
あと、明日の朝も、テムテムが好きなメニューにしてあげよう。うん。二食続けてケチャップ祭りがナンボのもんじゃい!
「それで。その事は、静佳さんも知ってるんだよな?」
「ええ、知っているわ。で、この事を踏まえて、今は本殿で協議中。本家から
「えっ、刀自様が? そりゃあ、思ったより大事になってるんだなぁ」
本家の刀自様っていったら、姉はもちろん、静佳さんですら小娘扱いだからなぁ。
正直、俺はおっかないから会いたくないんだよ。呼ばれないよな? 事情を説明しろとかって言われてさ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます