第11話 鬼

 

 

 

 この道を使うのは、我が家の関係者か、物好きか。もしくは道に迷ったかの、どれかだ。

 この丘を北へ抜けて隣の街に行きたいのであれば、西に少し行ったら国道がを使うだろう。あちらの道は、こちらと違って広くて真っ直ぐなのだから。


 そして、我が家の関係者では、無いだろ。少なくとも俺は、顔見知りでは無いし。話も聞いては居ない。

 初めて訪ねて来る者なら、同じく国道を通って表から来る。普通は、わざわざこんな裏道からは来ない。利便性以外にも、礼儀的な意味で。


 ならば、迷って入り込んで、道を聞くために俺を止めた?

 考えられなくは無いが、それにしても強引過ぎやしないか? これってすでに、海外なら完全にハイジャック犯の所業だろ。


 怪し過ぎるので、近付かずに停車して、右にウインカーを出してクラクションを鳴らしてみる。


 はいプップッー、ジャマだよー。とうしてちょーだいなー。プップッー、っと。


 これだけ鳴らせば、こちらの意図を理解して退くだろ、と思ったが。

 グレーのスーツを着た男は、何を思ってかこちらに向かって歩き始めた。両手を広げたままで。


「はぁ?」


 男の奇行とも呼べる行動に、思わず声が出た。

 傾き始めた日の光を樹木が遮る薄暗い道を、見知らぬ男が両手を広げて近付いて来る。軽くホラーだ。


 こりゃあ、関わらない方がいい。


 そう思って、Uターンしようとサイドミラーへ視線を送ると、後方には黒塗りのワンボックスカーが並んでゆっくりと近づいて来ていて、道を塞いでいる。


「マジかよ……」


 考えるまでも無く、前の男とグルだ。無関係だと思う方が無理がある。

 そして、こんな手段を実行するのなら、それなりの組織力が必要だろう。


 思ったより、厄介な事態に遭遇したらしい。


 警戒の度合いを引き上げつつ視線を前に戻すと、両手を広げた男の後方――坂の向こう側からも黒いワンボックスカーがやって来て、白い車の隣に停車した。


 やられた。道を封鎖された。この車じゃ、車重が軽くて強行突破も無理そうだ。

 こんな事になるなら、塞がれる前にあの男を撥ねてでも通り抜けとくんだったな。


 グレーのスーツの男は、自分の後ろを仲間の車が塞いだのを確認すると、広げていた腕を下ろして、こちらへと歩き始めた。


 さて、どうするか。選択肢は、そう多く無い。

 大別すれば、逃げるか、留まるか、なのだが。


 横目でチラリと、助手席のシートの上を見る。そこには、両手で持てる大きさの木箱が。

 静佳さんに頼まれた、お使いの品だ。


「そっと扱え、か……」


 これを受け取った時に、言われた事を思い出した。『衝撃を与えないように、そっと扱うんだぞ』と、店主である老人に言われたのだ。


 まさかあの店主、こうなる事を予見して……?


 まぁそれはいい。

 そんなお使いの品を抱えて、林の中を走って逃げるわけにも行かない。放置するのも却下だ。


 いずれにしても、先ずは連絡を入れなければ。


 俺は、ダッシュボードへ貼り付けたホルダーからスマホを掴み取り、急ぎ姉へとメッセージを送った。『変質者現る』と。

 短文だが、姉なら解ってくれるだろう。


 さぁ、そうこうしている内に、男はもう、直ぐそこだ。

 男は、俺が居る運転席を目指して来ている。逃げるなら、助手席側のドアからになるだろうが、お使いの品の事を考えると、派手な行動は厳しい。

 なので……。


 俺は腹を決め、手にしていたスマホをホルダーへ戻すと、ドアを開けて。車を降りる事にした。

 男から視線を外さずに、買ったばかりで新品のスニーカーをアスファルトへと下ろす。

 ドアに手をかけながら立ち上がり。ドアの陰から出て、後ろ手にドアを閉めた。


 そんな車から降りて来た俺を見て、男は一瞬だけ意外そうな顔をしたが、直ぐに胡散臭い笑顔を浮かべ直した。

 歳の頃は、二十代半ば程で。見た目だけなら好青年だ。

 けれど、纏う雰囲気がどこか軽薄で。何より男から観えている精心オドが、ドブ川のように淀んでいる。


「なんのつもりでしょうか?」


 俺の問い掛けに、男は足を止めて。胡散臭いえみを消して口を開いた。


「違法動物の回収だよ」 


 ……は? 違法、動物?

 俺の問いへの答えなのだろうが、何の事だ?


「何を不思議そうな顔してるんだよ、白々しい。

 お前の事だよ。人間に擬態してるって事は、自分の立場が分かってるんだろ? 正体がバレたら駆除されるだけの無力な害獣だ、ってな」


 なにコイツ気持ち悪い。思わず顔を顰めてしまうほどに。

 『俺はなんでも知ってるんだぜ?』ってな雰囲気を醸し出しておいて、言ってる事は的外れもいいとこなんだが……。


「いや、アンタなに言ってんだ?

 取り敢えず、日本語で話してくれよ」


「ふん。所詮はケモノか。人間の言葉を使うと言っても、上部だけ。

 ああ、隠れ住む『鬼』に学を求めるのは、高望みだな。くふふっ」


 この男、自己完結型のバカと見た。会話を成り立たせようとする気配も無い。ただ自分の思考を垂れ流したいだけなんだろう。


 それにしてもコイツ。今、『おに』って言ったよな。それに、『ケモノ』とも。

 もしかして、この国の裏側を知っている?


「おーい! そろそろ捕獲しろ!」


 グレーのスーツの男が声を上げると、道を塞いだ黒のワンボックスカーから、男達がぞろぞろと出て来た。

 数は、十五。一台に五人。どいつも黒のスーツをだらしなく着崩している。エージェントってより、ヤの付く自営業だな、それも下っ端の。

 精心オドを観るに、車内に一人づつ、運転手が残っている。事が済んだら、速やかに撤収するためだろうな。

 ただし、集まって来る男達の身のこなしは、なってない。ただダラダラと歩いて、距離をあけて取り囲んで来るだけだ。

 これは、専門的な訓練は受けていないが、何度も似たような事をしているから手馴れている、ってのが正しそうだ。ヤツラに緊張している様子も無いしな。

 銃器の所持も観えないし、数が少し多いだけで大した事は無い。


 と、思っていたのだが。


「おい! 早くしろ!」


 グレーの男が、怒りを滲ませて叫んだ。自分が乗っていた白い車へと、だ。

 その声に促されたか、ドアが開き、運転手かと思っていたもう一人が降りて来た……のだが。


 その白い車から遅れて降りて来たのは、ボサボサな黒髪を背中辺りまで伸ばした、黒いセーラー服を着た小柄な少女だった。

 ただ、その少女の頭の上には、短い毛に覆われた三角の耳が生えていた。いわゆるイヌ耳だ。


 俺の事を、グレーの男が『動物』だ『害獣』だとナチュラルにディスってたのは、彼女と俺を同類と看做していたからなのだろう。


 なるほど。やっぱりこのグレーの男、この国の裏側を知ってたか。でなきゃ、彼女と同類と看做した俺を『鬼』とは呼ばない。

 この国の裏側――一般に伏せられた、お役所の極一部で秘密裏に申し送りされ続けて来た共通認識の一つに、鬼の頭の角は『尖った耳』だ、ってのがあるらしい。

 全ての鬼の角がそうてあったかは、別として。一部の『鬼』は、現代のサブカルチャー風に言えば『獣人』達が、そのシルエットを見て頭に角が生えてていると思い、鋭い牙と爪を持ちっているから、きっと肉を喰らう恐ろしい生き物のはずだと、恐れられた結果らしい。

 この話を静佳さんから聞いた時、当時の俺は小学生だったが、面白い説だな程度にしか思って無かった。正直、予備知識無しにネットで見かけたら、『妄想乙』でもレスが付けば良い方で、華麗にスルーされてそのまま埋もれて行っても仕方の無いトンデモ解釈だ。

 だがこの男は、そんなトンデモ解釈をに受けただけで無く、イヌ耳少女も連れている。


 どこかから少女を調達して、やたらとリアルなイヌ耳を着け汚れた服を着せ、『鬼』として扱っている。

 どこかから『鬼』と呼ばれていた『獣人』の少女を連れて来た。恐らく非人道的な方法で。

 どちらだったとしても、普通じゃ無い。


 それと。まだ、精心オドを観て得られる情報の判断の仕方は、ただの直感だ。それでも、この男が異常な事だけは、誰に教わらずとも解ってしまった。

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