第9話 青プリ
「いらっしゃいま……せぇ……」
特に問題無く車を運転し、地元の市街地に在る衣料量販店へ来たのだが……。
店内へ一歩入ると、近くに居た店員さんが気付き、驚きの視線を貼り付けて来ているのだ。
さすがに、人の居る場所を歩けば、この長い蒼い髪は目立つらしい。
店内には、買い物していた子供連れのお母さん達がちらほら居たのだが、その親子の中にも俺に気が付きチラリと視線を寄越した後、驚いたように視線が貼り付いて来るのだ。
どうしたものかと、視線を受けながら入口で立ち尽くしていると、
「ままぁー! みてみて、ブレザーマーキュリーだよ! きれー! 」
妙な雰囲気になっていた店内に、幼い女の子の甲高い声が響いた。
ブレザーマーキュリー。高校生の可愛い制服に憧れる中学生の女の子達が、星の妖精と出会い、不思議な力を得て悪の組織と戦う、女児向け変身ヒロインアニメのキャラクター。
アニメのタイトルは、ハイスクール・プリコス。初代の『ふたりでプリコス』から長く続く、小さいお友だちから大きいお友達にまで大人気の、女の子たちが様々な業種の制服をモチーフにした衣装に変身して闘う魔法少女シリーズの最新作。毎週日曜日の朝に、絶賛放映中。だったかな?
「……あぁ、そうね。マーキュリーね。でも、指さしちゃダメよ」
と、大きな声を出した女の子の母親も、納得したようで。『ああ、コスプレなのか』といった空気が店内に流れ始めた。
よしよし。プラン通りだ。
髪を隠してこそこそするのが煩わしそうだったので、『日本のアニメ大好きで日頃からコスプレしちゃう外国人』を装って、この姿のまま堂々と過ごすという、俺の考えたプランは完璧だ。
……なぜかプリコスのキャラクターに間違われてるが。どう見ても今の俺は、『普段着のユスティア』そのもので、それ以外の何者でもないんだが。
マイナーたまからかなぁ、『ディズニーセイヴァー』シリーズ。二作目で、ユスティア絡みのシナリオが酷過ぎて、みんなのトラウマ製造機とまで言われてたからな。
主人公と何故かユスティアだけが名前が変更できる罠が、悪辣だったらしい。
俺は変えずにプレイしたので回避できたのだが。主人公を自分の名前にして、メーカーの扱いがメインヒロインぽかったユスティアの名前を好きな子の名前に変えて遊んでいた、ある意味で純粋だった彼らの心は、自分の分身である主人公が仲良く旅をして来た彼女を平然と兵器扱いして切り捨てた事で、深く傷ついたそうだ。
まあ、細かい事はいい。どんなキャラに見られても、プランの骨子である『コスプレしている外国人』だと思わせる事は成功しているのだから。
自信を取り戻した俺は、注がれる視線を引き連れながらも売り場へとカツカツと歩いて行き、展示してある服を見ていく。
ふむ。さすがオニグロ、カラーバリエーションが豊富だな。派手な色から落ち着いた色まで取り揃えている。俺が地元にいた頃は、この辺は『しもムラ』の一強だったんだけど。こんな田舎にまで出店するとは、頑張ってるなオニグロ。
しかしこれだけ色が多いと、少し迷うな。
と、吊るされてるシャツを、普段どうり手に取り、
「あ」
見慣れた形の服を目にして、俺は間違いに気付いた。ここ、メンズ売り場でした。
無意識に見慣れた形の服の方へと進んでいたようだ。習慣とは恐ろしい。
「ンッンッ」
軽く咳払い。そして済まし顔で手にした服を戻し、しばし他の服も物色。
慌てるな。女性がメンズ服を見ても可笑しくは無いのだ。プレゼントを選んだりする事も、多々ある。ほら、少し離れた所でも、主婦らしき人が男物のTシャツを選んでるじゃないか。チラチラとこっちを見ながらだが……そこは気にしたら負けだ。
なので俺も、今は『誰かの為に男物の服を選ぶ女性客』を装うのだ。
「んー……」
指を顎に当てて、悩む! 俺は悩んでるぞ!
あの人にはどの色かなぁー、とか。
こっちの形の方が似合うかなぁー、とか。
んー、でもプレゼントはまた今度かなぁー、みたいに。
さて、偽装行動はこの位で
そう思った時だった。
「
と、店員さんに声を掛けられてしまった。
くっ! 俺の演技力の高さが裏目に出てしまったかっ。
「あー、えっと、はい、そんな感じです……」
いやいや、『はい』じゃないだろ俺!
「まぁ、日本語がお上手ですね。もしかして、彼氏さんが日本の方とか?」
食いつかれた! 今、この店員のお姉さん目を光らせたよ!
ここは何とかして軌道修正せねば。俺はレディースコーナーに用があるのだ!
「えーと、そうです。彼氏にプレゼントしようと思って……私を」
「ん? 私を……?」
とっさに口を衝いて出た俺のおかしな言葉に、店員さんが笑顔のまま固まった。
しかし、これはチャンスだ。自分でも何言ってんだコイツと思うと発言だが、むしろそれを利用して一気に攻めるのだ!
「ええ。彼氏へのプレゼントを探していたのですが、着飾った私をプレゼントする事に決めました」
「あ、あぁ。そういう……。
ええ、そうですね。それは、とてもいいアイデアですね。
では、売り場へご案内しますね」
一瞬、何かを想像して困惑した素振りを見せた店員さんだったが、即座に持ち直して、笑顔で俺を先導し始めた。
このお姉さん、やりおるな。中々のプロ意識だ。
そうしてプロ意識の高い店員さんのサポートを得て、婦人服を男が買うという困難な買い物は、思いの外、順調に進んだ。それでもいつもの買い物の数倍は疲れたが。どこの売り場に行っても、俺に視線が集まっているのを感じながらだったからな……。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
プロ意識の高い店員さんに見送られながら、買った商品の入った袋を両手に下げて店を出た。
「ブレザーマーキュリー! がんばってねー!」
あと、目をキラキラさせて、熱心に俺の後を追いかけて来ていた、幼い女の子のにも見送られて。最初に俺を『ブレザーマーキュリー』と呼んだあの子だ。
見送ってくれた女の子の純真な声援には、袋を持ったままの手を上げて笑顔を返しておいた。
ありがとお嬢ちゃん、少し元気が出たよ。
買った物は、下着から靴まで動きやすさを重視した、そのままスポーツも出来そうなウェア系が中心だ。カップ付きタンクトップとかボクサーパンツとかの、なるべく女を意識しない物を選んだのだ。
あと、襟付きのシャツやジーンズとかの、多少はフェミニンな普段着も、数点ほどは買ったが。
もう少しオシャレなものをとスカートなんかを勧めて来た店員さんには、『彼氏がこういう系が好きなのです』と言って、ウェア系とパンツ系で押し切った。
きっと彼女の中で、俺の彼氏(虚)は、『女っぽい格好をしないアスリート系女子に欲情する男』として刻まれている事だろう。そして俺は、そんな男を彼氏にしていると。
もう来れないな、この店……。
「はぁ……」
買った物を入れた車のトランクを閉めると、溜息がこぼれた。
肉体的にはそうでも無いが、精神的に疲れたよ。幼女から無垢な声援をもらっても、全快には至らないほどに。
さぁ、後は静佳さんのお使いだけだ。さっさと済ませて、早く帰ろう。
そして夕飯まで、軽く訓練だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます