第7話 思い出がポロポロと
街が、燃えていた。
石畳の道は割れ。煉瓦の家は崩れ。人が、死んでいる。
赤々と燃える炎は、夜の闇をも焼き。立ち上る黒煙は、夜空の色を更に深めている。
街が、燃えている。
動く物は、異形。人の頭に胴。
けれど、そこから生えた腕は四、脚は六。太いもの、細いもの、小さいもの。一つとして似たものの無い人の手脚が、生えている。後から間に合わせで付け足したかのような、不揃いさだ。
それら、人でありそうで人で無い異形の何かが、街を焼き、人を殺している。
亜人だ。
奪うでも無く、犯すでも無く、喰らうのでも無く。
壊し、焼き、殺していく。
そう在れと、造られたから。定めた敵を、滅せと放たれたから。
亜人らが、その存在意義を果たし終えようとした頃。その燃える街の中で、一人の男が抗っていた。簡素な鎧を血に染めて、刃の欠けた粗雑な剣を一振り手にした、少年と呼べる程に若い男だ。
父に託された、一軒の半壊した家を背に庇い。割れた道を踏み締めながら、壊れた街を見て悲しみ、死んだ人を見て
そんな人として当たり前の心を叫び、男は手にした剣を振るう。何度も、何度も、何度も。
剣が折れれば、何でも使った。折れた槍、燃える木片、砕けた石畳、己の手足、爪に歯も使った。
生き残ったのは、彼と、彼が守った家の中で、母親の亡き骸に抱かれて眠る、まだ赤子な彼の妹だけだった。
▽
月日が経ち。亜人を生み出したモノは、かの少年と相打ち、亡びた。
けれど亜人は残され、それを利用する者が現れた。
そんな亜人を狩る青年がいた。そしてその傍らに、少女が一人。
剣を振るい亜人を狩る青年と、魔の法を用いて亜人を撃つ少女。
二人は旅をして、仲間を増やし、そして最後の決戦へと望む。
その決戦に、少女は居なかった。正確には、少女の肉体に神を卸し、強大な敵を討つ。それが人々が出した結論だった。
器となった少女に降りた神は、不要な物を破棄した。
魔の法を用いる少女が、いつも腰に下げていた父の形見の大剣を、不要だと砕き。
折につけて、握り締めて祈りを捧げていた母の形見のペンダントを、不要だと潰し。
ここまでの旅で少女を守って来た、兄の形見のマントを引き裂き。
そして、神そのものが彼女に降りる事で、少女が生きる支えとして来た記憶が、消え去った。
少女の肉体に降りた神の力で、決戦は青年とその仲間達の勝利で、幕を下ろした。
大陸の危機を救った青年は、やがて国を興し、王となった。
共に戦った仲間は、ある者は青年と共に行動し、そうで無い者達は散り散りになってしまった。
▽
全てを失くし、代わりに神の機能の一部が身体に刻み込まれてしまった少女が、その後どうなったのか。
彼女は、青年の興した国で。正義の象徴として長い間、使われる事となった。
凡そ、百と数十年が経ち。肉体的には、少女から女へと姿を変えただけの彼女はしかし、その心は擦り切れていた。
身体に残された神の機能の一部。物事の善悪を視覚的に捉える機能を、国の都合の良い時にだけ使わされ続け、彼女は自分の価値を、その為の道具としか見いだせ無かった。
そして終わりの時が来た。もう不要だと、心の臓を剣で貫かれ、破棄された。
▽
暗くて明るい不思議な場所で、白い球体が浮かんでいた。
その球体は生きていて、耳を傾けると声が聴こえた。音にならない声だった。
あの女が生かした。余計な事をした。
死んだ筈だった。違った。
確かに死んだ。でも、生きてる。
肉体の対価と言った。あの女。
あれはもう自分の形をした何かだ。どうなろうと構わない。
対価などいらない。何も要らない。
目が覚める前の微睡みの中で、その音にならない声を聞きながら思う。夢を見ていたのだと。
燃えた街と、決戦に望む青年達。あれは俺がやったゲームの記憶だった。『ディスティニーセイヴァー』の一作目と二作目。
けどその次は、ゲームの記憶では無かった。
あれは誰かの記憶。ユスティアの記憶なのだろう。
百年以上の長い間の記憶な筈なのに、酷く薄かった。
そしてこの音にならない声は、今のユスティアの心の声なのだろう。
両親を奪われ、残された唯一の肉親である兄も、長い戦いの果に散って。
それでも無くならなかった亜人を許せず、彼女は懸命に己を磨いて、戦った。
傷付き、倒れ。それでも立ち上がり、戦ったのだ。
兄に聞いた父と母の思い出と、その大好きだった兄との少な過ぎる記憶を、胸に灯して。
自分のような、大切なものを奪われる悲しみを味わう人を、無くすために。
怒り、悲しみ、叫んで戦った彼女が。英霊となった兄のように戦った彼女が、こんなに擦り切れていたしまっている。
助けた家族の小さな女の子に「ありがとう」と言われて、照れながらも嬉しそうに微笑んだ彼女が、何も要らないと言う。
こんな事は、俺には許せない。
良いとか悪いとか、正しいとか間違いだとか、そんな理屈の話しじゃ無いんだ。
俺が――
▽
「――――てな夢を見てさ……」
家族揃っての朝食を終え。登校するラシャを見送った後。
今日一日は、身の回りや情報の整理に当てる事にした俺は、リビングで姉に頼んでもう一度詳しい説明を聞き。今はそれを終えて、休憩がてら、昨夜にみた俺の夢の話を姉に聞いてもらっていた。
一晩ぐっすりと寝て。怒涛の五連休が明けた今日の目覚めは、どうしたものか、いつに無くスッキリとしたものだった。
頭も霞が晴れたように冴え、そのお陰で昨日までの俺の精神の異常さも、ついでに今の俺の状態の異常さも、否応無く自覚できた。
やるべき事だけしか見ずに、その他にまるで目が向いていなかったと思う。特に、自分の足下とか。
ほんと、
そうしてもう一度、姉に色々と質問をし直した。主に、俺の身体の事とか。
元の俺の肉体は、ユスティアの遺体を偽装するための材料として加工してしまったから、元に戻す事はお勧めしないとの事だった。ステーキ用の肉をハンバーグにするのはさして問題は無いが、ハンバーグ用の挽肉をステーキに変えるのには、どこかしらに無理が生じるのと似た理屈だと。
それを聞いて納得もしたが、元の自分の身体が挽肉にされる後継を思い浮かべてしまった。暫くは、肉料理が食べれないかも……。
もっとも、未加工であったとしても、再びあの身体を使うのは自殺行為だとも言われた。病院で治療をしても、数年の寿命だった。だからユスティアの肉体へ魂を入れ替えたのだと。
それ程までに酷使していたのだと言われている事に気付き、産んでくれた母に酷く申し訳なく思った。
その時ふと思い付き、「ユスティアが入ってる白い球じゃ駄目だったのか?」と聞くと、「どうせなら出来るだけ高性能な方がいいでしょう」と、コメントし難い返答を頂いた。
言いたい事は判るが、だからと言って、女であるユスティアの身体じゃなくても良かったのじゃないかと。他に選択は無かったのかと聞けば、「あと時点では無かったわ」と断言された。
そして、そんな今の俺の肉体――元ユスティアの肉体に関しては、神が降りて使用した事で、相当に特殊な変質を遂げているそうだ。それ故に、ユスティア自身も半ば持て余していた程の高スペックなのだと。
そんな肉体に入ってて大丈夫かと、怖くなって聞けば、「それだけ違和感無さそうにしてて、何を言うのよ」と、呆れ混じりに言われてしまった。
確かに違和感は、ほとんど無い。鏡さえ見なければ、だけど。要するに、見た目と言うか外見の変化が一番の違和感なのだ。動かしたりする分には、むしろ調子がいい程だ。
そうして、当面は深刻な問題が起きなそうだったので、新しい身体の細かな事はその都度確認する事になり、話しを終えた。
気付けば既に昼前で。長いこと話していたなと思っていたら、ちょうど折を見て
俺が話した夢の内容を聞き終えた姉は、コーヒーカップを片手に薄青のカッターシャツを身に付けた上体をソファーへと預け、白いスキニージーンズを履いたスラリと長い脚を組んだ。
そうしてコーヒーカップを傾けながら、俺の話した内容を吟味して、姉が出した結論は、
「んー。多分それ、ユスティアがあんたに興味を持って、同調してきたのね。きっとユスティア本人は、無意識にでしょうけど」
そう語り、左手をカップのソーサー代わりにして居る姉を見ながら、俺は首を傾げた。
「んん? ユスティアから?
聴こえて来た心の声みたいなのは、否定的な事だらけだったけど?」
姉は、「子供と同じなのよ」と微苦笑した。
「きっと彼女は今、失われた子供時代をやり直して居るのよ」
姉のその言葉を聞いて、俺の進む方向が見えた気がした。
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