第3話 男はつらいよな 前

 

 

 

 自分の身体が別人の体になっているのに、違和感が無い事が凄い違和感。解るだろうか。

 誰か、この家にこの気持ちを共有できるお方は、誰かいませんかー!


 と、部屋を出ようとして、以前と大きく違っている点に気付いて足を止めた。


 初めての感覚で言葉にしにくいが、空間が色付いているのだ。

 夕日で染まるのとは別に、それこそ肉眼で見ている『色』とは別物ので、空間が彩色されているような。


 いや、違うぞこれは。じっと一点を見ていたら、色味が動いてる。

 空間が彩色されているんじゃない。色のあるが漂っているんだ、これ。


 あー、これ気持ち悪いわ。視界が常にマーブル模様とかキツイって。


 堪らず目を閉じてその場にしゃがみ込んだが、あまり意味が無かった。目を閉じても見えるのだ、謎の色彩が。

 しかも、下に何やら凄い色の塊があるんだが、何だあれ?

 空間に漂っているのがかすみとか煙に近いとするなら、下の階に見えるのは固体や液体みたいにしっかりと『在る』のが解る。位置関係から考えると、自ずと答えが出るんだが。やっぱりあれ、姉さんだよなぁ。

 ああ、そうか。自分の身体も似た様な観えかたしてた。あんなに濃度が濃くないけど。

 生き物はこんな感じで、濃く観えるのか。


 何だか知らないが、凄いな。他にも、直前に見ていた部屋の光景が、瞼の裏に残ってる残像なのかと思ったら、違った。これ、が部屋の構造やら家具やらに輪郭をふちどってるんだな。スケルトンな3DのCGみたいだ。

 これなら目をつぶって、このままの方が視界が混乱しなくて楽かも。床までスケルトンだし、微妙に輪郭が揺らぐのが視覚的に不安だけど……。


 さあ、スケルトンなハウスと化した我が実家を進むみ、姉の下へ行くとしよう。そして色々聞かなければ。ユスティアの事と、あと、この身体の事とか。

 その為には、先ずは部屋を出ねば。

 ゆっくりと。床や壁に手を着いて、ドアへと進む。

 きっと傍から見た今の俺は、へっぴり腰でさぞ無様なのだろう。初めてアイススケートをする中年男……あ。違うのか。今の俺の身体は、男じゃなかった。

 なら、そんなに醜くは無いか? 安全には代えられないし、慣れるまではこのスタイルで行こう。


 部屋を出たら、次はの階段だ。

 スケルトンな階段てのは、その、なんだ。存外に怖いものだな。半透明だけど、これは木だ。木の板だから、踏んでも割れない。大丈夫。

 手摺に掴まり、一歩づつ確かめながら降りて行く。

 スケルトンな物の上を歩くと感じる、この股がヒュンとする感覚は、なんて言うんだろな。

 あー……うん。股とか股間とかの事は考えないにしよう……。


 えっちらおっちら階段を降りると、リビングに出る。我が実家は、リビンクを通らねば二回へは行けない造りになっている。何でも、こうすると家族間のコミュニケーションが円滑になるとかって聞いたな。いつどこで聞いたかは、覚えちゃいないが。


 そしてここまで来ると、リビングの隣のダイニングへの視界が開ける。この視覚状態だとあまり変わらないが。

 ダイニングのテーブルでは、姉が椅子に座って優雅に何かを飲んでいた。

 コーヒーカップだから、カフェオレか。いや、カフェオレはコーヒーをミルクで割る飲み物だから、姉が飲んでるのはコーヒ牛乳だな。


 一階の床に着いた。この視覚にも、だいぶ慣れた感がある。もう普通に立って歩こう。まだ壁からは離れられないけど。


「ようやくお目覚めね。さ、そこに座って」


 姉に促されるまま、ダイニングテーブルに着く。

 すると姉は、どこからかコーヒーカップをもう一個取り出して、俺の前に置いた。


 ……今、どこから出した?


 カップを手に取ってみる。

 普通のコーヒーカップカップだ。姉が今使ってるのと同じ――つまり、実家の食器棚にしまってあるのと同じだ。中身も温かい。

 一口飲んでみると、思いの外喉が乾いていたらしく、一息に飲み干してしまった。

 程よく温い緑茶で、美味しゅうございました。お代わりくださいな。


「はい、もう一杯。今度は熱めだから気を付けなさい」


 おお、さすが姉上! 気が効くでござる! 明智光秀が如き気配り上手!

 まぁ、我が姉は彼と違って、常に天下だけどね。

 てか、またどこから出したよこの二杯目。もうあれか、おかしな事を隠す気が、もう無いんだね。わかりました。大人しくお茶をいただきますよ。

 うん。美味い。


 さて……お茶で喉も潤った事だし。


「色々聞きたいんだけど。結局、ユスティアがどうなったのかとか、それにこの身体の事とか」


 おおう、声が高いよ。こいつは目が覚めてから一番判り易い違和感だ。

 まるで女の声だ。……実際に女なんだよね、うん。


「まぁ、そうでしょうね。

 あんた、私が行ったら直ぐに気を失っちゃったものね。

 あの状態から自力で蘇生したのは褒めてあげるけど、魔力の使い方が下手過ぎたのよ。これからは、ちゃんと練習しなさいね」


 いや、まあ、そうな……のか? ん?


「え?いやいや、ちょっと待った。

 そんな、車の教習所の教官みたいな雰囲気で、『魔力』なんてファンタジーワードぶち込まれて練習とか言われても困るんだけど!?」


 何ここ、まさかパラレルワールド的な? 魔力を使うのなんてチャメシゴト茶飯事なの?


「ファンタジーワードってあんたね……。

 まあ、それは脇に置いておいて、先にユスティアの事を説明するから。

 その上で質問が有れば、受け付けるから。

 いい?」


 なんだかもやっとするけど、俺が下手に思ったまま聞くより、その方が解り易いんだろうな。


「ん。それでお願いします」


「よし。それじゃ説明するわ。

 先ず、私達は『ジャスデン』の世界に跳んだの。あの時、テレビの画面に映った召喚陣を利用してね」


 ……どうしよう。既にツッコミたい。けど我慢!


「主人公が召喚されたタイミングで、あんたをユスティアの所へ送れば、上手く自殺を防げるかとも思ったんだけど……そうはならなかったのよね。

 どうやら単純な自殺では無かったみたいだし」


 そう、だよな。自殺するのに、背中まで貫通するほど深く刺せないよな、自分じゃ。

 あれ? それなら他殺なのか?

 ……てかその前に、どうして俺は、あの刃物で貫かれた感覚を感じてたんだ? ……あれ? なんか凄く嫌な予感がするんだが?


「なので、取り急ぎ既に肉体から離れていたユスティアの魂を私が保護して、その間に緊急措置として、あんたの魂をユスティアの肉体へ入れて置いたの」


 ほうほう。そうかそう。


「なるほどな。そういう事なら、仕方ない……って納得できるわけない無いだろ!

 魂が肉体から離れていたって事はさ。それって、その時ユスティアは死んじゃってたんだよね?て事はだよ? つまりはユスティアの死体の中に、俺の魂を入れたって事はだよね!?

  それも、浴槽にお湯張る時間無いからシャワーで済まそう的な感覚で!」


 俺の、文字通りに魂を賭けた叫びを煩わしそうに聞いていた姉は、「おお、それいい例えかも。シャワー」と言って、楽しそうに「はははっ」と笑い。

 その笑顔のまま、


「でもね、正義まさよし。私、確認したよね? 気はある? って」


「ぐぅ……!」


 姉の言葉に、俺はぐぅの音しか出なかった。

 確に、言った。寝不足気味なゲーマースマハイな勢いで、言ったさ。


「だ・か・ら、私も遠慮無く、あんたのを使わせてもらったのよ」


 ん? ちょっとお待ちよお姉様。何でそんな、ちょっと申し訳なさそうな顔になってるの?

 あれ。俺、何か大事なこと忘れてないか?


 ユスティアの魂を、保護した。空いた身体に、俺の魂を、入れた。……足りないよな。姉さんがまだ話してない事あるよな。


 俺は目を開け、肉眼でリビンクを見回した。

 しかし、そこに探し物は、無い。

 


「……なぁ、姉さんや。つかぬ事を聞くけど――俺の身体は、どこに置いてあるの?」


 まさか、と。それは無いだろう、と。そう願いながらの問い掛けは、


「置いてきたわ。ユスティアの遺体のダミーに加工して。

 だから正義まさよし。あなたの身体は、もうどこにも存在しないのよ」


 姉に苦笑混じりで撃沈されたのだった。


「えぇ……ええぇぇ!? ないって、使ったって、置いて来たってぇ!?

 なんでだよぉ!!」


「だから私は、念の為にもっと突っ込んで確認したでしょ? こんな事になるかも知れなかったから。

 そしたらあんた、途中で『くどい』って遮って言ったでしょ? 『俺は男だ、二言は無い』って」


「ああぁぁぁ……」


 言った。言ったよ。うん、言いました。

 勢いと見栄で、言いましたよぉ。


 はぁ……。まったく、男ってやつはぁ……辛いなぁ……。

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