第2話 君、死にたもうことなかれ 後
五日間の連休の、最終日。その朝が来た。
『ジャスダン』の全ルートを、終えた。
アクションRPGパートが曲者だった。これを普通にプレイしていたら、一周するだけでまる一日掛かっていただろう。
攻略キャラは五人と少な目だったが、それぞれにエンディングが三種類。加えて、ライバル二人との友情エンドが三種類に、裏ルートが二種類。合計で、二十種類のエンディングを見た事になる。
飲まず食わずでプレイしても、単純計算でも二週間以上掛かる筈だが、どうしたか。
それは、繋いだPCを使ってゲームを加速して、全てを16倍速で終わらせたのだ、姉が。
食事やトイレに風呂にと休憩を挟み、睡眠時間もしっかり取って。その上で、CGを含む全ての要素を回収したので、今日まで時間はかかったが。お陰で100%だ。取りこぼしは無い。
その間、俺が何をしていたかと言えば、食事の支度を含む家事全般と、古いゲーム機本体を引っ張り出して、『ディスセイヴァー』シリーズを一作からやり直していたのだ。今作でのユスティア生存ルートの、ヒントは無いものかと。
ここまでして、目標は未達成。ユスティア生存ルートは無かった。
ネットでも、まだ発見されていない。というか、姉が最速クリアかと思われるので、それも当然なのだが。
これはいよいよ討ち入り案件か? と、硯で墨を擦り始めたところ、姉から待ったがかかった。「明日の朝、奥の手を使うわ」と。
あの同じ人類か疑わしい程におかしい姉が、『奥の手』とまで称する手段だ。さぞ凄いのだろうと戦慄した俺は、すりすりしていた墨を置いて、こうして朝を迎えた。
リビングのテレビの画面には、昨日までと同じく『ジャスデン』が映し出されている。
オープニング画面だ。ルートをクリアする度に背景が変わり、今では全てのメインキャラが眩しい笑顔を見せている。当然のように、そこにユスティアの姿は無い。
て言うかだ。最初の一周が終わると、ユスティア死亡の場面すら、プロローグスキップの対象にしやがったんだよ、ここの制作スタッフドモは!
こうなると、点滅している[PUSH START]の文字すら憎らしい……。
「さて、とうとう連休も最終日。今日にも母さんや妹達が帰ってくるわけだけど……」
おっと、姉が話し出した。今日は、姉曰く『奥の手』を使うらしいからな、心して聞かねば。
「
ん? 今更な事聞くんだな。
「ああ。俺は、ユスティアの救済に俺の全てを賭ける!」
当然だろ? もう連休の殆どを
「本当に? こう言っちゃなんだけど、所詮はゲームなのよ? ユスティアちゃんだって、ゲームの中のキャラクターなの。それでも――」
「くどいぞ姉さん! 俺も男だ、
姉の言葉を遮り叫ぶと、姉は不敵な笑を見せた。
「よく言ったわ。それでこそ
……ん? あれ? 今、俺の名前の発音おかしくなかった?
「それじゃあ、始めるわよ」
俺が気を取られている間に、姉はコントローラーを手に取り、『ジャスデン』を開始した。スキップ無しで。
程なく、ゲームが主人公を召喚する場面にまで進むと、コントローラーを起き、
「ほら、こっちに」
と、のたまいながら俺の手を掴み、テレビの前まで引っ張って行き。
「さぁ行くわよ」
そう告げた姉の声が聞こえたかと思うと、俺の意識は暗転した。
▽
つめたい。 どこが? からだが。
あつい。 どこが? むねが。
どうして……? それは……。
――それは むねを、刃が貫いているからだ!
急速に意識が浮上した。身体を確認したいが何も見えない。目が開かない。
違う。目が覆われてる。見えない。
退かしたくても動かない。手も首も何もかも。動かない。
何かが抜けていく。熱が。血が。命が。死ぬ。死んでしまう。
……誰が死ぬ? 俺だ。
どうして? わからない。
さっきまで居た。リビングに。リビングで、していた……何を?
助けようと、していた。
誰を? ユスティアを。ユスティア。ユスティアだ。ユスティアだ!
ユスティアが胸を刺されて死にそうだから助けないといけない どうやって 知るか どうやってでもだ 徹夜でも何でもやって 魔法でも何でも使って――
魔法
〈
何かが少しだけ減って、少しだけ痛みが減った。
足りない。間に合わない。
減った物を直接使う。直接治す。
傷はどこだ。背中、背筋断裂。背骨、肋骨、異常無し。心臓、大破。左肺、損傷。刃物が胸から背中を貫通している。
さっき減った何かを傷口に集める。もっと。もっと。
集まった何かで切れた筋繊維を繋ぎながら、刃物を押し出す。少しづつ、少しづつ。焦らず、急いで。
次は心臓。難しい。焦るな。確実に。刃物は抜けた。塞げ。急げ。焦るな。早く。よし!
そのまま左肺。細かい。大丈夫。少しづつ確実に。焦らず急いで。早く。……終わった。
あとは胸の傷を塞げば終わりだ。
……違う、まだだ。心臓が動かない。
なんだ。どうして……血だ、血が足りない。
足りないなら造るしかない。傷を治した何かを材料に、血を造る。造る。増やす。
……どうだ? よし! 動いた!
あとは……体温だ。冷えきってる。
これも傷を治した何かをエネルギーにして、体温を上げる。
よし。大丈夫。もう、大丈夫だ。
良かった。蘇生した……。
「お。自分で治せたみたいね。上出来よ」
姉の声が……聞こえる?
何かが首に触れた。指だ。
「脈拍は、正常。胸の傷も綺麗に消えてるし、このぶんなら中も……うん、大丈夫。ほんと、あんたにしては良くやったわね、
姉に褒められるとか、槍でも降りそうだな。……いやいや勘弁してくれよ? 刃物一本刺さっただけでこんなに大変なんだからな。
って、誰に刺さったんだっけ……?
「さぁて、後は私が始末しておくから、あんたはしばらく寝てなさいな。けっこう魔力使ったみたいだしね」
そうか。姉が後はやってくれるのか。それなら俺が寝てても大丈夫だな。
何をするのか知らないけど……。
▽
どうにも妙な夢を見てた気がするんだが。
心臓を串刺しにされて死にながら、それを治したような……?
いやいや、それどこのマジシャンだよ。そんな事できたら、ハリウッド辺りでひと財産築けるっての。耳もデッカくなら無いし、ハンド力は握力しか無いから。
さぁさぁ、バカなこと考えて無いで、さっさと起きるぞ。今日は朝からユスティアを救うために……あれ?
慌てて飛び起きると、そこは俺の部屋の、ベッドの上だった。実家の。
ただし、窓から差し込む光は、赤く色付いていて……。
朝焼けか?
壁に掛かる時計を見ると、針は6時20分頃を指している。
まだ六時半前か。
あれ? 六時半て、こんなに暗かったか?
って、太陽が西にある! 夕方! ユウガタダヨ!
驚き、ベッドから降りようとして、
「ってなんじゃこりゃあー!」
自分の身体が
拝啓、天国のお父さん。聞いて下さい。
朝目が覚めたら夕方で俺が姉の服を着て女子でした。
実にカオスです。
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