第7話


第7話〔黒い大男〕



次の日の夜、風見達は「倉敷天領祭り」に来ていた。


「やっぱり凄い人だな。とりあえず、先に牛串を買いに行くか。」


そう言うと、風見は慣れたように人混みの中をすり抜けて行った。


「ちょ、ちょっと待ってよ翔君!ほら、憂樹も「金魚すくい」は後でするから……あれ?…翔君?翔君ん~!」


友生が辺りを見回したが、風見の姿は無かった。


「どうしよう…ねぇ、トーカ、トーカってば。」


しかしトーカからの返事はなかった。


「あ、そうかトーカは今、寝てるんだっけ。」


実はここに来る途中、トーカは、おびただしい数の「愚蓮人」の気配を感じ取っていたのである。

もし、友生の中に最後の「T・T」が居るとわかれば、一斉に襲って来るかも知れないと思い、自分の気配を殺すため、眠りに落ちていたのだ。


友生がキョロキョロしていると、そこへ携帯がかかってきた。


「はい、もしもし。あ!草村さん。どうしよう、翔君とはぐれちゃった。」


草村からの電話だった。

草村は慌てる様子もなく、


「ああ、知ってる、見てたからな。」


「え?見てた?って、草村さん来てるの?」


「バカ言うな、人混みは好きじゃないと言ったろ、今、部屋から防犯カメラを使って見てるんだ。

風見は真っ直ぐ「牛串」に行ったみたいだ、場所はわかるか?」


「う、うん、何回か来たことあるから、場所はわかると思う。」


「よし、じゃあ風見には、そこを動かないよう連絡しておく、早く合流しろ、愚蓮人達も必ず「牛串」を買いに来るはずだ。」


「わかった。ありがとう草村さん。行ってみるね。」


友生は憂樹を連れ、歩き出した。


「えっと…駅があっちだから、こっちの通りかな?」


友生がキョロキョロしてると、


ドン!!


「キャッ!」ドスン!


友生は、黒い何かにぶつかり尻もちをついた。

その黒い何かが、人だとわかるまで少し時間がかかった。

2メートル近い長身、黒いTシャツ、黒のジーパン。身長の低い友生には大きな壁に見えたのである。

するとその男が、


「気を付けろ!チビ!」


鋭い眼光で睨み付けてきた。


「ご、ごめんなさい…」


すると憂樹が、友生の手を取り引き起こすと、


「大丈夫?友生。」


「う、うん。大丈夫だよ。」


今にも泣き出しそうな友生の表情を見て、憂樹が男に言った。


「ちょっと、あんた!あんたこそ気を付けなさいよね!そんなデッカイ図体してんだから、回りもよく見えるでしょ!このデカ!!」


「なんだと~!このデブ!!」


「デ、デブ~!?あんた!女のコに向かって何てこと言ってんのよ!せめてポッチャリとかでしょ。言い直しなさい!」


「うるせ~よ、デ~ブ!」


するとその時、男の携帯に電話がかかってきた。

すると今まで荒かった口調が一気に穏やかになり、


「ああ、わかってる、すぐに行くよ。」


電話が終わり、すっかり大人しくなった男は、その場を去ろうとした。


「なによ!逃げるの!?」


「お前らにかまってる暇はね~んだよ、こっちは大切な用事があるんだ、まったく、あのくそメガネ、人をこき使いやがって。」


すると憂樹が、


「な~んだ、そんなデッカイ図体してパシリなんだ、へ~。」


「バカ野郎!お前らは、あのメガネの恐ろしさを知らないからそんな事が言えるんだ!」


「ふんだ!あたしだってね、物の凄んいメガネを知ってるんだから、あんたのメガネなんてイチコロよ!」


「いいや、俺のメガネの方が恐ろしいぜ!あいつにかかれば悪魔なんて赤ちゃんみたいなもんだ。」


「あたしのメガネなんて、悪魔が死を覚悟して土下座するんだから。」


友生は2人の言い合いを聞いていると、なんだかバカらしくなって、その男が、なんだか可愛く見えた。


「憂樹もういいから、ほんとにごめんなさい。

ほら、行くよ、憂樹。早く翔君と合流しなきゃ、草村さんに怒られちゃう。」


友生は憂樹の手を取り走り出した。



「え…!?翔?草村? ちょっと待て、お前ら!」


男の呼ぶ声に振り向いた憂樹は、


「べ~っだ!」


舌を出しながら人混みの中に消えて行った。


「まったく、なんだったの、あの男!腹立つわね。人の事「デブ」だなんて。」


憂樹は歩きながら、さっきの男の言動に怒っていた。


「ねえ、友生、あたしデブだと思う?」


「え?ぜんぜんそんな事ないよ。ボクから見ても、憂樹は可愛いと思うよ。

ほら、あそこの人達も憂樹の事見てるんじゃない?可愛い女のコがいるって。」


友生の視線の先には、いかにもチャラそうな男が2人こちらを見ていた。

そして友生と目があった瞬間、こちらに歩いてきた。


「ねえねえ、可愛いお姉さん達、2人で来たの?よかったら俺達とカラオケでも行かない?」


「い、いや、友達と待ち合わせしてるから…」


友生が断ろうとすると、


「いいじゃん、いいじゃん、ちょっとだけだから。」


「急いで行かないと待ってるんで…」


「まあまあ、祭りは始まったばかりなんだから、そんなに急がなくても。」


男の1人が友生の腕をつかみ止めようとした。

最初は「可愛い」と言われ、喜んでいた憂樹だったが、友生ばかりに話しかけ、あげくには腕をもつかんだ男にイラついた。


「あたしの友生になにすんのよ!友生から離れなさい!」


男の腕をつかみ、友生から引き剥がすと、友生の体を引き寄せた。

すると男達は、


「あたしの友生?ふ~ん、お姉さん達、そんな関係だったんだ。」


「そうだよ~。」

「違います!」


友生はキッパリ否定した。


「俺は、こんな気の強い娘も好きだな~。」


男の1人が憂樹の肩を抱いてきた。


「しつこいって言ってるでしょ。」


憂樹は指で男の手の甲をつねった。


「痛って!なにしやがる!このデブ!!」


「なななななんですって!またデブって言った!」


憂樹が男を睨んでいると、


「お~い!友生~!待たせたな~!」


1人の男が近づいて来たの。

それを見た友生と憂樹は、


「あ!さっきの…」


するとその男は、あたかも待ち合わせしてたかのように、


「悪い、悪い、遅れてごめん。で、こいつらは?」


男はすぐに2人連れの男を睨み付けた。

いかに2対1とはいえ、2メートル近い長身から、見下ろされると、すごすごと引き下がるしかなかった。


「い、いえ、なんでもないです。」


男達はそう言い残し、すぐにその場から居なくなった。


「あ、ありがとう。助かりました。」


お礼を言う友生に対して憂樹は、


「なによ、あんた!追いかけてきて、あたしのメガネにまだ何か文句があるの!?」


すると男は、優しい口調で、


「違う、違う、さっきお前達、「翔」とか「草村」とか言ってたろ?もしかしたら、お前の言ってた「メガネ」と俺の「メガネ」が一緒かも知れないって思ったんだ。あんな恐ろしいメガネが世界に2人も居ないだろ。と思って。」


すると友生が、


「え?じゃあ、翔君と草村さんを知ってるって事?」


「ああ、知ってる、翔って風見 翔のことだろ?あいつらとは幼稚園から一緒なんだ、さすがに高校は別になったけどな、俺、頭良くないから。」


照れながら話す男を見て、やっぱり可愛いと思う友生だった。


「それから、さっきは悪かったな「デブ」とか言って、よく見たら可愛いなお前。」


すると憂樹が少し赤くなり、


「わかればいいのよ、わかれば。しかし、草村さんをそんなに怖がってるなんて、あなたも相当弱みを握られてるわね。」


「付き合いが長いからな、あいつだけには逆らえないんだ。翔もそうだろ?」


「そう言えば、風見も草村さんの言いなりだわね。」


ふいに、友生が思い出したように、


「さっきボクの事、名前で呼んだよね、何でしってるの?」


すると男が憂樹を指さし、


「いや、こいつが大声で叫んでいたから…「あたしの友生から離れろ」とか「あたしの友生になにすんの」とか。」


すりと憂樹は、


「アハハ、みんなの前で公表しちゃたねあたし達の事。メンゴ、メンゴ。」


「いやいやいやいや、そんな関係じゃないから。

ボクは「上地友生」こっちが「神成憂樹」よろしくね。」


「俺は、「草木茂」。草村育枝の従弟なんだ。


「え!?従弟?草村さんにも従弟がいるんだ…」


変な感心をする憂樹に対して、友生が茂に聞いた。


「そう言えば、草村さんに何を頼まれてるの?」


「ああ、なんだか「牛串」を買って来てくれって頼まれてな。人混みは嫌いだから、お前が行ってこい。って。」


「え?牛串?ボクたちもそこに行く途中なんだ、翔君も草村さんに牛串を頼まれて…」


「な、なんだって!あのメガネ、翔と俺のどちらかが買えなくても、確実に「牛串」をゲットするために利用しやがったな。」


「さ、さすが草村さんらしいや。」


あらためて草村のすごさを実感する、友生と憂樹だった。


「じゃあ、牛串まで一緒に行こうよ。」


友生の屈託のない笑顔に、すこし照れる、茂と憂樹だった。


「お、おい。なんでお前が照れるんだよ。」


「いいじゃない、だって友生可愛いんだもん。」


「あ、ああ、そうだな…」


「ほらほら2人共、早く行くよ。」



友生達に、そんな出合いがあった事など、まったく知らない風見だったが、その風見もまた、牛串のまえで、ある人物と再会していた。



「こんばんわ、風見くん…」


「い、委員長…」




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