第31話
「ね、ねえ、あれ……」
レーナが、まだ微かに振動している『Ω』の人体機関の間を指さした。そこには、先ほどケヴィンが無理矢理引き抜いた思考チップがあった。
「なるほど、こいつの中には正確な情報しか入ってないもんな。アル、そこのパソコンで解析してくれ」
「分かった。ありがとう、レーナ。僕がデータを確認するまで、ケヴィンの傷の手当を頼むよ」
「うん」
僕は早速思考チップを受け取り、大雑把に拭ってから、デスクの上のパソコンの接続部に差し込んだ。そのままパタパタと立体キーボードを叩いていく。
今だにキーボードが存在しているのは、思考だけでコンピューターが操作可能になってしまうのは危険だ、と騒ぐ団体運動があったから、らしい。それも数十年前の話だが。
しかし『Ω』は、その利便性と社会的貢献などが絶対的な信頼を得たため、生き残ったという噂だ。
「よし、地図が出た!」
「アル、記憶できるか?」
「ああ、大丈夫だ。複雑な道のりじゃない。早く行った方がいいね。レーナ、ケヴィンの手当ては後で――」
と言いかけた時、僕の言葉の続きは無理矢理に閉ざされた。
僕が踏み込んだ、カプセルの並んだ廊下。後にケヴィンが破ろうとしていた隔壁が、逆に向こう側から叩かれている。それも、相手は一人や二人ではないようだ。
僕は咄嗟にレーナを自分の背中側に隠した。そして、
「ケヴィン、どうする?」
「向こうにいるのは、きっとお前が見たカプセルから出てきた連中だろ? 俺たちを襲ってくると仮定して、アル、そのカプセルは一体いくつくらいあったんだ?」
僕は考える間もなく、
「僕たちと同じくらいの年齢の人間の入ってるカプセルは、確か八つくらいだ」
「三対八、か。白兵で乗り切るのは厳しいな」
その時、ザザッというノイズが走った。見上げると、天井の隅に古風な音響スピーカーがあり、そこから声が発せられた。ミヤマと同じ声だ。
《生き残った三人には、これから君たちと同じ年齢に達したアンドロイドと戦ってもらう。データを取る目的もある。もし生き残ることができたら、軌道エレベーターを一機、残しておくことにしよう》
鋭く舌打ちをするケヴィンと、僕の上腕を握り締めるレーナ。
「八人を皆殺しにしなきゃ、地球には行けねえってわけか」
「ど、どうしよう……」
「ケヴィン、冷静に。レーナも落ち着いて」
と言ってはみたものの、一方的に押し込まれては、勝ち目は薄い。
その時だった。
《これらを使うといい》
言葉と共に、足元の床がスライドした。そこには、拳銃が二丁とナイフが一本。拳銃の弾倉もたくさん入っている。
「一人につき得物が一つ、か」
ケヴィンは迷うことなくナイフを手に取った。刃渡り三十センチはあろうかという、コンバットナイフだ。
「お前らは拳銃だ」
「よし、分かった。レーナ!」
隔壁の向こうからは、より大きな音が響いてくる。僕は拳銃二丁を手に取り、片方をレーナの元へと滑らせた。
「ちゃんと初弾が装填されているか、確認するんだ。セーフティの解除も忘れるな!」
「あっ、は、はい!」
僕自身も、同じ挙動を取る。それから弾倉の束を無造作に掴み、弾丸が込められているのを確かめてから、
「よっ、ほっ」
「お、おい、何やってんだお前?」
「見れば分かるだろう?」
僕は弾倉を部屋中に滑らせていた。
「どこにいても弾倉をリロードできるように、あちこちに配置してるんだ」
「ああ、そういうことか」
というケヴィンの言葉尻に、一際大きなガアン、という打撃音が響いた。
「レーナ、君は隠れていろ。ソファの陰に。隙があったら援護してくれ。いいね?」
レーナは座り込みながら、こくこくと頷いた。
「アル、そろそろ破られるぞ! 連中が突入してきたら、一気に撃ちまくれ!!」
僕は短く走り、隔壁の正面に立って拳銃を構えた。
すると同時に、打撃音が止んだ。
沈黙の中、僕は照準に視線を通して、隔壁が破られるのを待つ。
出てきた奴から倒してやる――。
僕が唇を湿らせた、次の瞬間だった。
「!」
僕は慌ててその場に伏せた。直後、隔壁が床と垂直に、凄まじい勢いで飛んできた。
「くっ!」
僕の頭上を通過して、隔壁は背後の壁にぶち当たった。
しまった、相手が出てくる瞬間という、絶好の射撃のタイミングを逸してしまった。
「アル! 撃ちまくれ!!」
同時に、今は破られた隔壁の真横から、ケヴィンがナイフでクローンたちに斬りかかった。
「俺には、二十二口径弾は致命傷にならない! 撃つんだアル!!」
僕は膝立ちになり、今度こそ撃ちまくろうとした。
クローンたちは、先ほどカプセル内にいた時とは異なり、裸体ではなかった。首から下に、身体にフィットした薄手のスーツのような青いものを身にまとっている。
既に敵のクローンたちは、部屋中に散らばっていた。一人ずつ行動不能にしていくしかない。
ケヴィンに当てないことだけを考えながら、僕は弾丸をそこら中にばら撒いた。
ある弾は敵の腹部に直撃し、またある弾は頭部を掠め、さらにある弾は明後日の方向に着弾した。
僕は散らばしておいた弾倉を拾い上げ、さっとリロードした。つもりだったのだが、クローンの一人に接近を許してしまった。
「くそっ!」
射殺するには近すぎる。
僕は僅かに視線をレーナの方へ遣ったが、彼女は自分に迫ってきた敵を牽制するだけで精一杯だ。
こうなったら――。
僕は一旦、屈み込むのも兼ねて拳銃を床に置いた。僕の頭上を通過していく、一体のクローン。
目が合った。こいつは、僕の敵だ。
着地すると同時、相手は振り向きざまに低い蹴りを繰り出してきた。僕は床を一回転してこれをかわす。無暗に距離を取ってしまったら、拳銃に手が届かなくなると思ったのだ。
相手は屈み込み、拳銃を手にしようとしたが、その挙動は明らかに命取りだった。クローンが何を考えているかなんて分からない。だが、一つ分かるのは、屈み込んだ相手の頭部が、僕の蹴りの範囲内にあるということ。
立ち上がろうとする相手に向かい、
「はっ!」
軽く跳ねるようにして、僕は回し蹴りを見舞った。足先からの感触からするに、どうやらクローンは、普通の人間よりも体構造が弱いようだ。この一蹴りが相手の頬にめり込み、壁にぶち当たるまで吹っ飛ばした。
潰れたシュークリームのような頭部を晒すクローン。その姿に、そしてそれをものともせずに迫ってくる様子に、僕はぞっとした。が、拳銃を拾い上げるだけの余裕はできた。
真っ直ぐに駆けてくる相手を視界に入れつつ、僕は拳銃を拾い上げ、即座に狙いを定める。
胸に二発、頭部に一発。仕留めた。
直後、別なクローンが僕に迫ってくるのが見えた。僕は咄嗟に死んだクローンの身体を受け止め、二体目のクローンに向けて突き飛ばした。半ば受け止めるようにして、クローンは死体を投げ返してきたが、その視界の先に僕はいない。リロードの済んだ拳銃と共に横っ飛びしていたのだ。
再び三発を叩き込んだ僕は、レーナの元へと向かった。
「レーナ、君はケヴィンの方の援護射撃を頼む! 僕は自分で敵を狙うから――」
と言いかけたその時、ドン、と鈍い音を立てて、ケヴィンが吹っ飛ばされてきた。
「おいケヴィン! 大丈夫か!」
牽制射撃をしながら、僕はケヴィンに駆け寄った。
「ああ、悪い。フィンと同じ顔した奴がいたんで、びっくりしてつい気が散って……」
今さら驚くには値しなかった。
確かに、既に死んでしまった僕たちの友人と同じ遺伝子を持ったクローンを立ち向かわせれば、僕たちの動揺を誘うことができるだろう。
だが、相手の戦術としては驚くことはなくとも、実際に自分や、自分の友人と同じ顔をした敵が現れたら、狼狽して隙を見せてしまうのは分かる。むしろ、当然の反応なのかもしれない。
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