第30話
「なるほど、さすがの破壊力だな」
ミヤマは何事もなかったかのように、首をもたげた。
「怒りによる破壊の『指向性』……。どうやら君は、本当に私が設計した通りに動いてくれるようだな」
再び軽い笑みを作るミヤマ。しかし、
「お前、人間じゃないだろう!?」
僕は口角泡を飛ばしながら叫んだ。
「そうとも! 私は人間ではない。人工知能『Ω』の対人端末の一つだ」
『Ω』とは、地球で開発された人工知能の最新版だ。現在、最高の思考力を有しているとされている。
人間の労働者と折り合いをつけるため、すでに人工知能の開発は中止されている。政府からの援助なしで開発を進める科学者もいるそうだが、公式に『最高』とされているのはこの『Ω』だ。
「僕たちは、人工知能に踊らされていたのか!?」
「おいおい、人聞きの悪いことを言わないでおくれよ」
ふっ、と笑いを堪えながら俯くミヤマ、否、『Ω』。
「仕方ないだろう? 私は元々君たちアンドロイドの開発にはあまり興味がなかった。自分自身と同じ境遇に思えてならなかったからね」
『Ω』は片手をテーブルにつき、体重を預けながらそう言った。
「全く参ったよ。企画検討から計画実行まで、私に丸投げだものな。まあ、こうして終わってみれば何ということはなかったが」
何? 本物のポールやフレディ、フィンを殺しておいてまで、『何ということはなかった』だと!?
僕が額に皺を寄せるのを見ながら、『Ω』はゆっくりと僕に近づいてきた。
「私の存在は、全てが人間の思考の延長にある。そして人間は、この地球に育まれてきた。ということは、私の存在は、君が憧れてきた地球というものの意志の一部だとも言える」
「……詭弁だ、そんなの……」
「運命なんだよ、アルフレッドくん。君たちはよくやった。それに、先ほどの私の言葉に嘘はない。君たちの生命財産の安全は、君たちが寿命を全うするまで保証する」
「……うるさい……」
「君たちを選抜するのに、私がどれほど――」
「黙れッ!!」
僕はそばに置かれたライトスタンドをむしり取り、思いっきり『Ω』の頬へ向けて真横に振るった。ガラスと軽金属の弾け飛ぶ音が、部屋中に響き渡る。
「おっと、暴力ばかりに頼るのはよくないな」
『Ω』は避けようともせず、首をくるり、と横回転させてこの打撃を受けた。それを見て、僕はぞっとした。生体表皮と、機械部品から成る内部装甲がごちゃ混ぜになって、グロテスクな外見を晒している。
「アルフレッドくん、君には敵性があるらしい。残念だが、前言撤回だ。ここで死んでもらう」
そう言って、『Ω』はニヤリと顔を歪めた。表皮の残った、顔の半分で。
僕は武器になるものを探して、視線をあちこちに飛ばした。だが、相手の本体はチタン合金製のロボットだ。ボールペンや鋏では、とても通用しない。
なんとか視界さえ奪えれば。そう思った直後、
「来ないのならこちらから行くぞ!!」
その図体からは想像できない速度で、『Ω』は踏み込んできた。思いっきり右腕を振りかぶっている。
僕はその腕から目を離さずに、上半身を捻って回避する。そのまま相手の腕を掴み込んだ。構造上弱い関節部を狙い、その腕の肘部分に思いっきり膝蹴りを叩き込む。
しかし、それは『Ω』に対する致命傷とは程遠かった。
「おや? 君に託した戦闘能力はその程度だったかな?」
『Ω』は僕の首を左手一本で握った。そのまま僕を持ち上げ、ずんずんと進んでくる。
「がはッ!!」
僕は背中を壁に叩きつけられた。必死に両手で相手の左腕を掴んでみるが、ぴくりともしない。足をばたつかせるが、テーブル上の書類や映像端末を蹴飛ばすだけで、『Ω』には全く当たらない。
「残念だがここでお別れだ、アルフレッドくん。心配するな。君の代理、いや、まるっきり代わりになってくれる存在はすぐそこにある」
先ほど目にした、試験管の中に入っていた細胞群が脳裏をよぎる。
あの試験管に入っていたものが、分裂して膨らんで成長して、僕になっていくのか。
そんな馬鹿な話があるか。
あんなモノが僕になるものか――!
僕がギリッ、と歯ぎしりをした、直後だった。
ドオン、という打撃音と共に、左側から壁面がぶち破られた。
『Ω』がそちらに目を遣ると同時、
「うおおおおおおお!!」
すごい図体の人間が、『Ω』に殴りかかってきた。
「ケヴィン!?」
その人物、ケヴィンは勢いのまま僕の眼前を通過し、『Ω』を押し倒しながら殴りかかった。
「この畜生があああああああ!!」
ケヴィンは馬乗りになり、『Ω』の両頬を掴んで床に叩きつけた。何度も何度も何度も何度も。
それを目にしながら、僕は自分の喉を押さえながらむせっていた。ケヴィンの状況を知りたかったが、呼びかけようとしても声は出ず、咳を繰り返すだけ。
だが、すごい勢いで叩きつけられる『Ω』の頭部がどうなっているかは容易に想像がついた。
振動が半端ではないのだ。
まるで自分が揺さぶられているかのように、頭のてっぺんまでがグラグラする。
呆然とそれを見つめていると、
「アル、大丈夫?」
「ぇ……」
破られた壁からレーナが現れた。しかし声が出ない。僕は咄嗟に立ち上がり、彼女を引き寄せて二人で床に伏せた。
右腕をレーナの頭に置きながら、僕は伏せたまま前方を見た。
『Ω』の頭部は、今やぐちゃぐちゃだった。人工肉片、人工血液、それに金属片や極細のチューブ類が飛び交い、
「ぶっ殺してやる!!」
ケヴィンの叫び声と共に、思考チップがもぎ取られた。
すると『Ω』は、両手両足を一瞬突っ張った。駄目押しにとばかりに、ケヴィンが拳を頭部に叩き込む。『Ω』は痙攣したかのように四肢を震わせたが、すぐに動かなくなり、ドサリ、と音を立てて大の字に横たわった。
「はあ、はあ、はあ、はあ……」
ケヴィンは息を荒げながら立ち上がり、鬼のような形相で振り返った。
僕もレーナも息を飲んだが、ケヴィンは僕たちを責めたてようとしているのではない。すぐに落ち着きを取り戻した様子で、『Ω』の脊髄部品を引っ張り出し、無造作にわきに放り投げた。部品は、壁にぶつかって蛇がのたうつように微かに動いたが、それをケヴィンは踏みにじり、完全な起動不能に陥らせた。
「大丈夫か、お前ら?」
まだ口を利けなかった僕は、大きく頷いてみせた。レーナはと言えば、
「私は大丈夫だけど……きゃあっ!」
何事かと目を上げると、レーナがケヴィンに向かって駆けていくところだった。
「ケヴィン、あなた、左手が……!」
僕もそれを見てぎょっとした。
ケヴィンの左腕の肘から先が、凄まじいダメージを受けている。明らかに、あらぬ方向へ曲がっているのだ。さらに拳は、両腕とも骨が露出している。それだけ思いっきり殴りまくった、ということだろう。
「待って、携帯医療キットがどこかに――」
「大丈夫だ、レーナ。それより問題は、この宇宙ステーションの端末を失った『Ω』がどう出てくるか、だろう? なあ、アル」
「あ、ああ」
やっと発声可能になった喉から、僕は肯定の意を発した。
そう、人工知能『Ω』の本体は地球に置かれている。ここの端末との通信が不能になった今、次に何を仕掛けてくるか分かったものではないのだ。
「急いでエレベーターに乗り込もう。地球に着いてしまえばこっちのものだ」
僕の言葉に頷くレーナとケヴィン。
「だがアル、どこに行けばエレベーターに乗れるんだ?」
「あっ……」
そうだった。全く迂闊だった。
この、ミヤマという端末が支配していた宇宙ステーション、及び軌道エレベーターは、どこがどこに繋がっているのか、さっぱり分からないのだ。立体地図を表示しても、きっと出鱈目な通路図しか出てこないだろう。
さて、どうするか――。
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