第32話
僕が再度リロードし、レーナがその援護射撃を行い、ケヴィンが戦闘体勢を立て直す。
その間に、残り三体の敵は、僕たちと対峙するかのようにざっと一直線に並んだ。その中央にいたのは、フィン――ではない、フィンのクローンだ。
リロードを終えた僕は、その銃口を彼女に向けた。
「待って、アル。あたしはフィンよ」
「今さらそんなことを……! お前らは僕たちの模造品だ、そのせいで本物のフィンは死んだんだ!!」
僕は感情を抑えつつも、叫ぶように反論した。
「じゃあアル、あんたに訊くけど、あんたたちもクローンなのよね?」
「そ、それがどうした」
正直、『どうした』で一蹴できるほど軽い話題ではなかったが、そこまで思考を回す余裕はない。
「お互いがクローン、人造人間である場合に、一体何を持って、あんたたちはお互いを『本物』と区別するわけ?」
「だって、本物はさっきそこで偽ポールに撃たれて……」
「なるほど」
偽フィンは、腕を組んで何度か頷いた。
「自分たちと親交の深かった個体が『本物』なのだと言いたいわけね? あんたたちは」
僕は訝しく思いながらも、ぐっと頷いてみせた。
「おかしいわね。あたしの記憶のすり替えがなければ、あたしの方がよっぽど『本物』と認知されてるはずなんだけれど?」
「どういう意味だ?」
「これ、見て頂戴」
偽フィンが、ポケットから小型の立体映像投射機を取り出した。ゆっくりと床に置く。映像の再生は、すぐさま始まった。
《さあ! あなたも一緒に外宇宙への旅に出かけましょう! 発見、探検、そして新境地の開拓! 人類は次なるステップアップを果たすのです!》
映像自体は三十秒ほどの短いものだった。しかし、そこに現れてナビゲーターの役割を果たしていたのは、間違いなくフィンだった。
「このコマーシャルに抜擢されたのはあたしよ。あんたたちの言う『本物の』フィンじゃなくてね」
「僕たちにとっては、ここで殺されたフィンの方が『本物』だ!」
「でも地球に住んでいる八十億の人間にとっての『本物』はあたしよ。このコマーシャル、世界中のどこででも放映されてるから」
「いや、違う」
僕は何とか、この偽フィンの語る事実に抗おうと必死だった。
「お前は他の、カプセルで培養されていた連中と同じ、青いスウェットスーツを着てる。やっぱりお前の方が遅く産まれたんだから、『本物の』フィンは、僕たちの友人だったフィンだ!」
「あら、勘違いさせちゃったみたいね。あたしは地球で宇宙興業社の元で働いていたから、あんたたちと出会うのが遅れただけ。産まれが早いのはあたしよ。まあ、産まれた順番で『本物か否か』を語るのは無理があるとは思うけど」
そう言って、偽フィンは肩を竦めた。
「アル、言いたいのはそれだけ?」
「くっ……」
「ちなみにあたしは、自分のクローンと比べられた時に、『どれほど多くの人間に知られているか』によって『本物か否か』を決めてるわね。さっきも言ったけど、あたしの姿を見て、声を聞いて、認識している人間の数は八十億人。あんたたちみたいに、辺鄙な宇宙の片隅で生きてきた人造人間に、勝ち目はないわ」
こいつは、全てを数字で片づけるつもりなのか? ふざけるな。
「僕たちは地球上の誰よりも、ずっと深くフィンのことを知っている!」
偽フィンは、かるく眉を上げた。
「お前をフィンとして認識している人間は、確かに八十億だろうが百億だろうがいるんだろう。でも、僕たちの知っているフィンは一人しかいなかった! 僕たちにとって、『あの』フィンこそがかけがえのない友達だったんだ。お前らのやってることは、単に命を粗末にしているだけだ!!」
僕の叫び声が反響する。気づけば、僕はレーナやケヴィンたちより一歩、前に踏み出していた。肩を上下させ、偽フィンを睨みつける。怒りが火山噴火のように巻き上がり、僕の頭頂部からマグマが流出しているかのようだ。ふつふつと、沸騰した血が首筋を通って額に上ってくる。
僕が荒い息をついているのを止めようとした、その時だった。
「ふっ……ははっ、ははははっ!」
僕ははっとして目を瞠った。哄笑が、この部屋中に響き渡っている。
「全くあんたらしいよ、アル!」
偽フィンが腰を折り、腹部に手を当てて笑っていた。
「僕をアル、なんて呼ぶな、偽者!!」
「まあちょっと聞いてよ、アル。あんた確か、ニンジンが苦手だったわよね?」
「は……?」
哄笑は収まり、偽フィンはじっと僕を見つめながら、唇の片端を吊り上げていた。
何だ? 一体何を考えているんだ?
「アルは学年でポールに次いで二番目の成績上位者、レーナは彼のガールフレンドで得意料理はオムレツ、ケヴィンはオルドリンのコロニーの裏側での、外部作業監督官」
『どう? 合ってる?』とでも言いたげな、そして挑発的なフィンの顔つき。
「貴様、一体どこでそれを……?」
「定期メンテナンスのために、カプセルに戻ってたのよ。その間に刷り込んでもらったわ、あんたたちの言う『本物の』フィンの記憶をね」
「な……」
僕は愕然とした。記憶まで一緒くたにされてしまったら、一体僕たちは何をもってフィンを『本物』とするのだろうか?
その時、ピピッ、という軽い電子音がした。
僕は慌てて拳銃を構え直した。音のした方、偽フィンの頭部へ。
どうやら、彼女はどこかと連絡を取っているらしい。一方的に指示を受けているようにも見える。するとケヴィンが、
「撃て、アル! 今がチャンスだ!」
「あ、ああ!」
僕は僅かに位置をずらしながら、三連射した。しかしそれは、通信を継続しながらバク転をきめた偽フィンによって呆気なくかわされた。
「野郎!!」
「待て、ケヴィン!!」
クローンたちと向き合った状態から飛び出そうとしたケヴィンの前に、僕は腕を差し出した。
「分かんねえのか、アル! 奴らがやってるのは、『本物の』フィンに対する冒涜行為だ! この場で全員八つ裂きにしてやる!!」
「今は状況をかき乱すべきじゃない! 軌道エレベーターの操作権限は『Ω』が握っているかもしれないんだ、慎重に事を運ばないと……!」
「畜生!!」
ケヴィンは偽フィンを護衛するように立ちはだかる二人のクローンを睨みつけた。その目を見て、僕は、自分もあれだけ怒りに囚われていたのかと納得した。正直、ぞっとした。
何故僕が落ち着けたのかといえば、やはり偽フィンが僕たちに考える『余地』を残したからだろう。
『本物』とは一体何なのか……。
「――了解。待たせたわね」
偽フィンがこちらに身体を向けた。小型のイヤホンでも装備していたのだろう、耳から手を離し、すっとその場で僕たちと再度、対峙する。
「あなたたちの身の安全を保証するよう、『Ω』からご宣託があったわ。この宇宙ステーションから出なければ、あなたたち三人を、老衰以外の要因で死なせはしないように、と。ここであたしたちと和解しましょう? そうすれば――」
「それは無理だ」
僕は即答した。
「僕たちは未開拓惑星での、人造人間たちが酷使される様子を伝えに来た。そして、これ以上恣意的に、無感情に、冷徹に、人造人間の製造をしないようにと訴えるために。ここまで来て、留まるつもりはない」
「そう……。それがあんたたちの総意?」
僕は視線を左右に遣って、レーナとケヴィンの同意を得ようとしたが、できなかった。
僕たちはもう、危険な橋を渡り過ぎている。しかも、そもそも地球に行きたいと思っていたのは僕のわがままなのだ。これ以上、僕の意志――地球に降り立ちたいという思い――に、二人をつき合わせるわけにはいかなかった。
ぐっと僕が唾を飲んだ、次の瞬間だった。
パン、という軽い音とともに、偽フィンの肩から鮮血が迸った。
撃ったのは、まさか――。
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