第25話

「ああ、そういうことか。だったら意味は分かるけどよ……」


 ケヴィンはガシガシと頭を掻いた。


「でも、それとこれとは話が違うだろ? もし強制的にでも、俺たちの正体とやらが俺たち自身の耳に入っちまったらどうしようもないぜ」


 その言葉に、レーナは俯いた。

 僕たちの正体の手がかりになりそうなこと。

 それは、自分たちの、ある一定の時期までの過去の記憶が曖昧であること。また、レーナ以外は皆、並外れた身体能力を発揮できることだ。


 では、先に述べた『記憶が曖昧であること』は、一体どうだったのだろう? いやそもそも、僕たち――かつてのクラスメートたち――の間で、記憶に関する話題など出なかった。誰も疑問を抱かなかったのだ。その意味するところは何なのだろう?

 何かを疑問に思わないように、ひいては、思考がある程度の範囲内で収まるように、誘導されているのではないかと思えてくる。


 そこにこそ、フレディが遺した『僕たちの正体』があるのではないか。

 ちょうど僕がそこまでの考えに至ったその時、


《スペースプレーン121、スペースプレーン121、こちら軌道エレベーター023、着艦を許可します。繰り返します――》

「何だ?」


 ケヴィンが顔を上げ、コクピットモジュールの方を見た。


「俺たち歓迎されるのか?」

「まさか、それは楽観視しすぎでしょう?」


 フィンに突っ込まれ、『だよな』とケヴィン。


「ミヤマがどうにかしてくれるのかもしれない」


 と僕は言葉にしてみたが、皆、心ここにあらずだった。レーナでさえも、黙り込んで視線を落としている。

 僕は腕時計型の立体映像投射装置を見つめたが、反応はなかった。


 一体、僕たちに何が起こっている? 僕たちは誰かの掌の上で踊らされているのか? それも何のために――?


         ※


 軌道エレベーター023。今現在まで建造された軌道エレベーターの中で、最大級の大きさを誇る。

 軌道エレベーターは、片方が地球のどこか――かつてのスペースシャトルの発射場があった場所が多い――に、もう片方は、地球の軌道上にある宇宙ステーションなどに繋がっている。あたかも、地球から数十本の柱が建っているかのような様子だ。

 この軌道エレベーターが『最大級』と言われる所以は、その先端部にスペースプレーンの離発着場と宇宙空間での研究施設の両方を有していることにある。一日の地球往還エレベーター部分の利用者数は、延べ一万人を超える。

 僕たちのスペースプレーンは、その軌道エレベーター023の宇宙ステーションから斜めに突入しようとしていた。


「余分に一周しよう。着陸角度を小さくするよ」


 再び操縦桿を握りながら、僕は言った。すると、


「うわあ、広い……」


 レーナが唾を飲む気配がした。

 滑走路が、その広大な平面に二本の直線を描いている。ここに着陸してタキシングしろということだろう。この風景は、大気圏内を飛行する飛行機の着陸を連想させた。重力が小さい分、危険性は小さかったが。

 一度旋回した僕たちの機体は、地球の地上から見て西から東に着陸した。軽く振動した後、高い滑走音が響き渡る。

 柔軟なワイヤーで身体を固定した誘導員が、ゆっくりと進む機体を、手にした誘導灯で導いてくれる。僕は、加速して誘導員を突き飛ばさないよう、慎重にタキシングを続けた。

 僅かに逆噴射をかけ、機体が落ち着くのを待つ。とは言うものの、四方十キロに及ぶ広大な宇宙ステーションの上面で見れば、三十メートルに満たないこのスペースプレーンの脱線は考えられない。何せこの機体の翼長でさえ、滑走路の横幅の三分の一にも満たないのだ。


「皆、止まるよ」


 軽く後ろに引かれるような感覚を残し、機体は停止した。


「宇宙服を着用。背中のジッパーと、ヘルメットの接続部に注意」


 僕が指示するまでもなく、皆は準備を始めていた。もぞもぞと特殊繊維の擦れ合う音がする。旅客モジュールに出ると、


「はい、アル」


 レーナがこちらに宇宙服をゆったりと放ってくれた。僕は慌てず騒がず宇宙服を受け止めて、足を通す。

 ジッパーとヘルメットを確認してもらった僕は、一旦コクピットモジュールに戻り、宇宙ステーションとの通信に入った。


「こちらスペースプレーンT121、T121。軌道エレベーター023、応答願います。どうぞ」

《こちら023管制局、無事着陸を確認。コウスケ・ミヤマ博士がお待ちです。一旦下船し、誘導員の指示に従ってください。どうぞ》

「了解しました」


 僕が再び旅客モジュールに戻ると、三人は一列に並んで身を屈めながら、機体後方に向かうところだった。向かって左側、つまり船体右側のハッチを開ければ、その向こうは全くの真空だ。

 先頭にいたケヴィンが『ハッチ開けるぞ』と一言。宇宙服の着用を確認するアナウンスが流れてから、パシュッ、と音がしてハッチが開いた。続くザーザーという音は、きっと旅客モジュールから空気が抜け出す音だろう。

 僕が抜け出す頃には、もう三人は係員に誘導され、柔軟なワイヤーで身体を固定していた。

 その係員は僕に近づいてきて、コツリとヘルメットを当ててきた。


「あなたがリーダーのアルフレッドさんですね?」

「は、はい」


 相手の慇懃な態度に少し動揺したのを、僕は何とか隠そうとする。


「ミヤマ博士、お客様が参りました。いかが致しますか? ――了解しました」


 いつの間にか無線で話をしていた係員は、さっと僕に向き直った。


「ミヤマ博士が直接お会いになるそうです。今すぐにでも、とのことですが……いかがですか?」

「早く片をつけようぜ、アル?」


 ケヴィンに異論のなかった僕は、大きく頷いた。動作を大きくしないと、宇宙服越しには伝わらない。


「では、ミヤマ博士に連絡します」


 係員は再び無線機を手に取った。


「了解――。それでは皆様を、ミヤマ博士の研究室にお連れします」


 僕は一つ、係員に質問をした。


「ミヤマ博士とは、どんな方ですか?」

「地球の周辺宙域にいらっしゃる中では、屈指の宇宙工学者ですね。若くしてワームホールの応用理論の開発に携わり、ご高齢の今でも熱心に研究をしています」


『お天気屋ですがね』と係員。


「確かここ十年ほどは、生命工学に熱中していらっしゃるようですが、そのプロジェクトや研究プランは誰にも公表されていません」

「誰にも?」

「ええ」


 そんな偉大な技術者なら、今現在何を研究しているのか、積極的に発信していくのが筋だと思うのだが。

 そうこうしているうちに、離発着場わきの入り口に、僕らは辿り着いた。


「ここから先、我々一般の係員は、立ち入りが制限されています」

「それはミヤマ博士のご意向で?」


 頷く係員。


「この床面の穴から、離発着場の下の研究モジュールに入ることができます。人工重力と人工気圧・気体生成分が保たれている場所に入りますので、突然重力場に引かれないようにご注意ください。では」


 僕がその言葉を聞いているうちに、係員はミヤマに仕える執事のようなお辞儀をして去っていった。

 残されたのは、僕たち四人と、広いマンホール状の穴だった。

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