第20話
ミヤマがこんなに慌てている様子を目にするのは初めてだった。
確かに、つき合いが長いとは言えない。しかもホログラム越しの遣り取りだった。しかしそれでも僕は、ミヤマという人間が『焦る』という様子を想像できないでいたし、現に彼が狼狽している様子は、僕の不安を一層かき立ててくるものだった。
一つ確かなのは、このままでは僕たちは殺される、ということだ。そんな僕たちが、お咎めなしで生き残れるということはまずあり得ない。
フレディだったら『子供たちに脅されて』という言い訳が成り立つ可能性もある。だが、相手がボウガンでケヴィンとフィンの二人に怪我を負わせたところからすると、僕たち――何が特別だったのかは全くもって不明だが――を無傷で捕らえる、という考えは、今の大人たちにはないように思えた。
「ねえアル、アルってば!!」
背中を強打されて、僕はようやく気づいた。レーナが何かを伝えようとしている。首を捻ってそちらを見ると、
「私たち、人を殺しちゃったけど、今投降すれば命は助かるかもしれないよ? 正直に全部話そう? そうすれば……」
「何馬鹿言ってんの!!」
フィンが、いつにも増して鋭い口調で割り込む。
「現にあたしは撃たれたんだよ? このままじゃ、スペースプレーンに乗っていようがいまいが、殺されるに決まってるじゃない!! アル、一刻も早く発進して、ミサイルを振り切るべきよ!!」
僕の意志は決定済みで、フィンの意見に異議はなかった。だが、
「フィン、君のスペースプレーンの操縦技術検定試験……。何級だった?」
眼光と口調は鋭いままで、
「二級よ」
「僕は準一級だ」
「それが何か?」
「フィン、悪いけど、僕たちの操縦技術でミサイルを回避しながらワームホールまで到達するのは無理だよ。ミヤマさん、コロニーの防衛用に使われているミサイルの機種は分かりますか?」
《あ、ああ。四二式だ》
四二式誘導ミサイル。万が一、隕石の落着が想定された場合の、コロニーを守るための最後の手段だ。システムは対ミサイル迎撃用のオペレーターに任され、爆風――いや、爆圧とでも言うべきか――によって隕石の軌道を変更し、コロニーを守る。
もちろん、四二式誘導ミサイルの前にも取り得る手段はある。人工衛星からのレーザー機銃による粉砕や、巨大な網を射出して隕石をコロニーの圏外まで押し出すという手段がある。
しかし、次に標的になっている僕たちは、コロニーに『降ってくる』ものではない。『離脱する』ものだ。やはり敵が僕たちを狙うには、ミサイルによる追撃、という形が取られるだろう。
《こちらから再度、オルドリンの航空管制センターに、攻撃中止を進言する。もう少し待ってくれ!》
そう言ってミヤマは姿を消した。すると、それを全く聞いていなかったのか、ケヴィンが喚きだした。
「おい、ミサイルの迎撃はできねえのか!? 小惑星帯に突入するのに使う、何かがあるんだろう!?」
「それはないよ、ケヴィン」
「だってよアル!」
ケヴィンはくるりと反転し、僕に詰め寄った。
「未知の太陽系に突入するには、まだスペースプレーンは自力で機体を守らなきゃならねえだろ?」
「うん、その通りだ」
「小惑星が帯状になってる宙域に突入することだって考えられるんだ。そこを突破するには、小惑星のベルトを破らなきゃならない。そのための機銃やレーザー砲くらい、装備されてねえのかよ!?」
安易に攻撃処置を取ろうとするケヴィンに対し、僕は呆れながら
「ないね、この機体には」
と冷たく言い放った。
「てめえ!」
ケヴィンは僕の胸倉を掴もうと腕を伸ばす。
「何を根拠に……!」
「ちょっとケヴィン!」
再びフィンが仲裁に入る。
「あんた、撃たれたからって感情的になってるんじゃないの? らしくないわよ、そんなに騒いで」
ケヴィンは僕の襟から手を離しながら、俯いてぶつぶつと語った。
「だってよ、このままじゃミサイルで木端微塵にされるのを待ってろと言われてるみてえじゃねえか……」
ここに至って仲間割れとは……。本当にこのままではミサイルを撃ち込まれるか、あるいは特殊部隊がやって来て僕たちをハチの巣にするか、どちらかだろう。
僕は二人の間に入りながら、ケヴィンに向き直った。
「ケヴィン、このスペースプレーンは旅客用だよ」
「そ、それがどうしたってんだ?」
「この機体が外宇宙探査機でない以上、武装なんてされてないよ。旅客機は未知の小惑星帯に向かったりしないからね」
僕は真剣に、しっかりと一言一言を伝えたつもりだった。だが、その態度がケヴィンには癪だったらしい。
「アル! てめえ、他人事みてえに言いやがって……!!」
壁を蹴って、ケヴィンが拳を叩き込もうとする。僕は慣れない低重力下で、辛うじてそれを回避した――その時だった。
「皆、止めてよッ!!」
突然の絶叫に、その場にいた全員が硬直した。
「止めてよ、私、もう大切な人が傷ついたり、死んだりするのは見たくない……!」
しばしの間、スペースプレーンの旅客モジュールは静まり返った。僕を含め、誰もがやり場のない絶望感に囚われている。これでは、ミサイルを撃たれる前に内部から爆発しそうだ。
ミヤマはもはやこの場を見守ってはいないし、ミサイルへの対抗手段もない。僕は、僕たちが脱走兵にまで身を落としてしまったかのようにすら思えた。
そんなことで僕の胸は一杯だったが、それよりも大変なのは、やはりレーナだった。僕たちが沈黙してからだんだん大きくなっていく嗚咽は、あたかも死へのカウントダウンを刻んでいるような気がしてくる。
ミヤマは言っていた。なんとかコロニー防衛軍の高官と話をつけて、僕たちの命は助かるようにする、と。だが、あの狼狽ぶりを目にしてしまった僕としては、あのミヤマですら、頼りなく見えてしまう。
「畜生!!」
この沈黙と嗚咽の不協和音を破ったのは、ケヴィンだった。やはりというか、案の定というか。
「暴れないでよ、ケヴィン! あんたの腕力じゃ、この旅客モジュールに穴を空けて空気の抜け出す穴を作ってしまうのがオチよ!」
「じゃあどうしろってんだよフィン!! 今から白旗掲げて出ていくか? 俺たちに降参の意志があっても、向こうから見ればいい的だぞ!!」
言いながら、両腕を広げるようにしてボウガンの矢を引き抜くケヴィン。僅かに溢れた赤い液体が球状を成し、ぷかぷかとモジュールに漂う。その時、静かな声がした。
「私が行こう」
「大体フィン、お前だって撃たれただろう!?」
「私なら陽動作戦ができる」
「ケヴィン、あんたほどじゃないわよ!!」
「私なら――」
「ケヴィンもフィンも黙ってくれ!!」
僕は声を張り上げた。先ほどから、二人の口論の間に『私が、私が』という呟きが聞こえていたのだ。その声の主へ、僕は声をかけた。
「あなたに何ができるんです、フレディさん?」
軽く壁を蹴って、フレディは隅の暗がりから、照明の元にぬっと出てきた。
「君たちは計画通り、ワームホールに向かってくれ。私は第二コクピットのある、第一燃料タンクに乗り込む」
全員が、ポカンとした顔でフレディの方を見た。
レーナでさえも息を詰まらせた。フレディの言った意味を理解したのだ。
「何を考えてるんです? フレディさん」
僕はかぶりを振って腕を組み、出来る限り冷静にと思いながら、彼に声をかけた。
「第一燃料タンクは、この星の重力圏から脱するために、真っ先に切り離されます。そうしたら、あなただけがここに残される。僕たちを助けよう、っていうんですか?」
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