第19話

 その時だった。


《そこの五人、止まれ!!》


 僕たちのオープン回線に、何者かの声が乱入してきた。緊張感溢れる声音だ。

 一呼吸置いて、僕たちは振り返る。どうしても挙動が緩慢になってしまうのは仕方のないことだが、その途中で撃たれるのでは、という怖さはあった。

 無事振り返ると、前進を真っ黒な宇宙服――戦闘任務用なのだろうか――を着た影が五つ、高い位置に浮かびながら、こちらを見下ろしていた。


《指示に従えば殺さない!! 人質を解放し、直ちに投降しろ!!》

《今さらそんなこと、信じられるわけないでしょうが!!》

《うわっ!?》


 フィンが、強く地面を踏んで、腕をフレディのヘルメットに巻きつけながら立ちはだかった。


《こっちに武器はないけど、この人質のヘルメットを外して、窒息死させることはできる! あんたらこそ、とっとと帰りな!!》


 僕はレーナを庇うようにして、自分の背中側に押し込んだ。

 それに前後して、隊長格の敵が武器を構えた。ボウガンだ。


 そうか。そういうことか。

 通常の銃器では、宇宙服に穴を空けて、撃った相手を殺してしまう。しかしボウガンなら、突き刺さるとちょうど宇宙服の穴を矢が塞ぐ格好になり、相手を殺さずに無力化できるのだ。

 それを手や足など、致命傷とならない箇所に撃ち込まれれば、僕たちはまた捕まってしまう――。


 と、僕の考えが至った次の瞬間、


《ぐっ!》


 短い呻き声がした。フィンの声だ。見上げると、確かに足に何かが突き刺さっているのが見えた。


《次は下にいる仲間のうち一人をやる。早く人質を離せ!!》

《させるかよ!!》


「あっ、待てケヴィン!!」


 ケヴィンが駆け出した。思いっきり屈伸し、勢いよく跳ぶ。そして頭部を腕でガードしながら突っ込む。ボウガンの矢が二、三発当たったが、意に介さないようだ。

 しかし、突っ込んだ先にいたのは隊長格の男ではない。後ろに控えている、通信機器を担いだ奴だ。ケヴィンはこれ以上敵が援軍を呼ぶ前に、通信兵から殺すつもりらしい。


 突然の巨躯の突進に慌てたのか、通信兵は仲間の背後に隠れようとした。しかし時既に遅く、通信兵ケヴィンの腕に首を絞められた。


 その時だった。


《さく……中止、作戦……し。目標を殺傷……ようなし。捕捉する必要……し。繰り返す、さくせ……中止》


 すると、素直にそれを理解したのか、


《我々は作戦を中止、諸君に用はなくなった》


 と隊長の声がした。


《総員撤退》


 その言葉に、ケヴィンは通信兵を離し、フィンもまた、フレディを離してやった。


「いい引き際だな……」


 僕がぽつりと呟くと、


《君たち、二人とも大丈夫か!?》


 その言葉に、僕ははっとした。人質であるはずのフレディが、ケヴィンとフィンの身を案じているのだ。


《傷を診させてくれ》

「駄目です、フレディさん。今ここで矢を抜いたら、二人の身体は真空に晒されてしまいます」

《あ、ああ、そうだな》


 フレディはバックパックから取り出しかけた医療用シールを仕舞った。

 何だか出会ってから一時間ほどで、フレディは人質から一人の仲間になってしまったような気がする。一体何が彼の心をそこまで変えさせたのか。


 僕は無線を切り、フレディの顔面バイザーに自分のそれを当てながら、彼に語りかけた。


「フレディさん、一体どうしたんです? さっきは逃げ出す絶好のチャンスだったのに……」


 オープン回線で『助けてくれ』と喚き散らせば、あの黒スーツの連中――恐らく、多くの訓練を積んだ兵士たちだろう――によって、救出されたかもしれないのに。


「何故です?」


 と、僕は繰り返した。すると、


《いや、自分でもよく分からないんだ。だが……。行動を共にするうちに、君たちの意志の強さというか、目的意識をもって戦う姿に感銘を受けてね。特にアルくん、君の瞳にだ》

「僕の……瞳?」


 バイザーの中で大きく頷きながら、フレディは続けた。


《私に尋ねる権利はないだろうが……。地球を目指そうという意志の強さが、君の瞳には宿っている。一人の大人として、微力なりにも手伝ってやることが、一種の贖罪になると思ったんだ》


 贖罪? どういう意味だ?


《さ、次はスペースプレーンに乗り込むんだろう? 敵がまた来ないとも限らない。早く出発しよう》


 僕は軽く背を叩かれるようにして、他三人の方へと流れていった。


 ハッチを捻り、再びエアロックへ。扉の開閉までの間にロープを切った僕たちは、無事スペースプレーン――旅客用小型プレーン121号――に乗り込んだ。


「ぷはっ!」


 僕は何の気なしにヘルメットを外したが、どうやらそれは、レーナにとっては大変重大なことだったらしい。


「アル、大丈夫? 苦しくない?」


 涙目で見つめてくるレーナ本人に代わり、僕は彼女の肩を抱くようにして、ヘルメットを外してやった。


「きゃっ!」


 レーナは首を縮めたが、


「あれ? 息ができる……。大丈夫なのね!」


 レーナは僕に抱き着こうとしたが、不機嫌そうな声に遮られた。


「あー、いちゃついるところ悪いんだが」


 ケヴィンが青筋を立てながら、僕のそばに立っている。


「アル、お前、あいつと何を話したんだ?」

「あ、あいつって?」

「とぼけんなよ。ふれでかーちすと何を話したか、って訊いてんだ」

「ケヴィン、傷が深くなる前に治療したら?」


 レーナが声をかけたが、ケヴィンは


「黙ってろ、レーナ」


 と一蹴してしまった。


 僕は迷っていた。今この場にフレディはいない。エンジンの最終調整のため、EVA――船外活動にあたっている。であれば、先ほどの会話をケヴィンに聞かせても大丈夫だろうか。


「彼は、どうも敵やただの人質じゃないみたいだ」

「何を根拠に?」

「率先して、僕らにとって必要な電子部品やエンジンの調整をしてくれているだろう?」

「俺たちもろとも自爆する気かもしれないぜ」


『自爆』という言葉に、レーナが僅かに肩を震わせる。しかし、フィンがレーナの肩に手を置きながら割り込んできた。


「それはないんじゃないかい? ケヴィン。婚約者を地球に残して死に急ぐような男には見えなかったけどね」


 と、語るフィンの足は、既に麻酔薬が注射され、ボウガンの矢は引き抜かれている。貫頭衣の上からでも、傷口に包帯が巻かれているのが見えた。

 すると、スペースプレーンの奥から『気圧調整中』との機械音声が響いた。その音声はすぐに『気圧調整完了』と言い直し、ドアはフレディの入室を許可した。


「とりあえず、燃料は満タンにしておいたよ。後は目的のワームホールの座標を打ち込めば、自動で飛んでいってくれる」


 フレディは実にくつろいだ様子で、ゼリー状の栄養剤に手を伸ばした。誰も――あのケヴィンでさえ、文句を垂れないところを見ると、やはりどこか、フレディに対する信用が出てきたように思われる。


 と、その時だった。


《皆、非常事態だ!!》


 手首からホログラムが展開し、今回は音声も入っている。当然ながら、ミヤマからの通信だ。

 僕たちは突然のミヤマの出現に驚いたが、誰よりも驚いていたのはフレディだった。

「ミヤマ……ミヤマなのか!?」

《その声、フレディか!?》

「ああ。今、子供たちと行動を共にしている」


 すると、次の瞬間、


《馬鹿野郎!! さっさとそのスペースプレーンから降りろ!! 宙域警備用のミサイルが発射体勢に入っているぞ!!》

「何だって!?」


 次に声を上げたのは僕だった。ミヤマとフレディは旧知の仲だったのか? しかし、何故?


《フレディ、敵は君を巻き込むことのないよう、穏便に事態の収束を狙っていたが、残念ながらそううまくも行かないようだ。オルドリンコロニーの長官が、たった今ワームホールでそちらに帰還しようとしている。そのスペースプレーンじゃ、すぐにミサイルで落とされるぞ!》

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