第17話

 そこから先は、案の定楽な道のりだった。そのために警備員室を襲撃し、フレディの同僚をほぼ皆殺しにしたのだから、努力した甲斐があったというものだ。

 フレディはといえば、フィンに手錠をかけられ、動きを制限されていた。しかし、それは人質になっているというよりも警察に連行される犯人のような姿であり、どこか滑稽でもあった。

 レーナが会話役を買って出てくれたので、フレディも多少は落ち着いたようだ。聞けば、今回を限りにこの任務を降り、地球で暮らす婚約者の元へ帰る予定だったと言う。


 何だか事情を抱えた人間ばかりに出会っている気がするが、僕は奇妙な感覚を拭いきれなかった。

 僕たちには、『事情がない』『思い出せない』という問題がある。

 それはどこか、社会から爪はじき者にされているような感覚だったが、それにしては人数が多い。人数、というのは僕たちのような少年・少女たちのことだ。

 仮に僕たちの学年の生徒たちが同じ境遇にあったと仮定して、約二百人弱。そんな人数の同胞がいれば、自分たちがマイノリティだとは言い切れないのでは、と思う。

 しかしそれは、この惑星・オルドリンに限ってのことであり、広大な宇宙に散らばった人類から見れば、やはり『大多数』とは言えない数字なのだろう。


「フレディさん、少し聞かせてください」

「おいアル、こいつは人質だぞ?」


 ケヴィンが凄んだ……というより注意を促してきたが、僕は無視して


「地球って、どんな場所なんです?」


 と尋ねていた。

『答えるな』とでも言いたげなケヴィンの視線に、フレディはひっ、と息を詰まらせた。しかし、レーナが『私も聞きたい』と助け船を出してくれたので、ケヴィンは舌打ちをしながら前に向き直った。


「地球は……そうだな、生活のリズムが安定している。二十四時間で自転しているから、朝起きる時は必ず太陽が昇っているし、夜眠る時は暗くなっているんだ」


 するとレーナは、ぴくっと不安げな顔を作ってから


「真っ暗になっちゃうんですか? それじゃあ何も見えなくなっちゃう」

「いや、あまりその心配をする必要はないよ。地球に住んでいる人々だって家の中に住んでいるからね。それぞれの家に、電気が通っている」


『コロニーとはだいぶ違うけれど』と、フレディは続けた。


「地球ではどんな宇宙服が必要なんですか?」

「……え?」

「だって、外気に触れたら危ないんじゃ……」


 これには僕も笑ってしまった。フレディも噴き出しかけたが、フィンに視線を刺され、俯く。


「えっ、えっ? だってコロニーでもない限り、外に出たら危ないんじゃ……」

「それは地球に住んでる人にとっては無用な心配だよ、レーナ。だって、僕たち人間はその地球で進化してきたんだよ? 外気や気圧は自然そのもの、コロニーなんて要らないんだ」


 僕の説明の後、レーナはフレディの方に目を遣ったが、『その通り』とでも言いたげな頷きが帰ってくるだけだった。


「むしろコロニーで外気をシャットアウトしてまで住もうとしてる方がおかしいんだ。人口の増減はここ数十年横ばいだが、それでも地球一つで考えれば、とても賄っていける人数じゃない。幸い、地球と同じ環境を作る技術ができたお陰で、人類は絶滅を免れたんだ」


 相手がレーナだからだろうか、それともこの状況に慣れてきたのか。フレディは少し饒舌になっていた。一時的に脳が麻痺して、『殺されるかもしれない』という意識を脳から押し出そうとしているのかもしれない。

 いずれにせよ、僕にとっては興味を惹いてくれる相手ではあった。


「余計なことかもしれないが……」


 初めてフレディが、自ら口火を切った。


「僕は警備員をやっているうちに、どうも人間――いや、今は『ヒト』と呼ぼうか――ヒトの生態はおかしいのではないかと思い始めているんだ」


 思いがけない発言に、いや、フレディが発言をし始めたこと自体に、フィンは少なからず驚いたようだ。切れ長の瞳を丸くして、フレディを一瞥した。ケヴィンからもまた、聞き耳を立てる気配が伝わってくる。


「だって、地球の歴史を鑑みれば、そうだろう? 何千万年も地上を支配した恐竜も、その前に何億年も栄華を誇った海生生物たちも、今となっては化石にすり替わってのみ存在を許されている。地球には、大量絶滅期というのが今まで六回あったそうだが、七回目があるとすれば、それはヒトが絶滅する番だ」


『それが怖くて、こんな宇宙の果てにまで住処を求めたのさ』


 その言葉は、ヒトというものを随分と皮肉っているように聞こえた。


「それでもあなたの婚約者は地球にいる。何故です?」


 僕は、自分が興味津々であることを悟られないよう、振り返らずに問いかけた。


「故郷だからさ」


 即答だった。


「戦争、疫病、自然災害……。困った問題は山ほどあるが、それでも故郷は故郷だ。私や婚約者の両親、その両親、そのまた両親の築いてきた歴史や伝統――いや、それは綺麗事だな。単純に、愛着があるんだ」

「愛着……」


 僕は、自分でも知らないうちに、その言葉を口にしていた。

 いつの間にか、フレディの口調は、柔和な教師のそれを連想させるほどになっていた。何故こんなところで警備員などやっていたのか気になったが、さすがに人質に対して情が移るのもどうかと思い、僕は質問を止めた。

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