第16話
二人とも床から足を離し、自在に自分の身体をコントロールしていた。
「フィン、そっちだ!」
「あいよ!」
警備員は三十名ほどいたはずだが、今応戦にあたっているのは十五、六名といったところだろう。もちろん、死体となって浮かんでいる者は数えていない。
どうやら、ケヴィンが広範囲を攻撃できる散弾銃で敵を追い詰め、フィンが自動小銃でハチの巣のする、というのが、二人の編み出したコンビネーションのようだ。
しかし、流石に敵もこの流れに気づいたのか、
「女だ! 先に女を殺せ!!」
と声を上げ始めた。当然、その声はケヴィンとフィンにも届いている。
「チッ!」
軽く舌打ちをしながら、フィンは壁を蹴って火線から逃れようとする。しかし、無重力であるがゆえに、素早い横移動ができない。敵の銃弾がフィンの肩を掠めた。
次の瞬間、ズタタタッ、と響いた速射音。吐き出された薬莢。目にも留まらぬ速さで進んでいく弾丸。しかし、それは一発たりともフィンには当たらなかった。
「フィン、大丈夫か!」
「ケヴィン!? あんた……!」
反対側の壁を蹴って移動してきたケヴィンが、フィンを抱きとめるようにして盾になったのだ。背中から、赤い筋が宙に流れていく。しかし、
「少し下がってろ!!」
ケヴィンは何事もなかったかのように、散弾銃からの弾雨を警備員たちに浴びせかけた。
これは援護しなくては。
僕は拳銃を取り出し、廊下から警備員室内に向かって発砲した。僕の放った弾丸は、綺麗に敵の懐へと吸い込まれていく。
先に驚きの声を挙げたのはフィンだった。
「アル!? あんた、戦えるの!?」
「二人の足は引っ張らない。ここから援護射撃する」
僕は、重力場が発生している廊下から腕を突き出した。腹ばいの姿勢で、一発一発をゆっくり撃ち込む。
しばしの銃撃戦の後、
「くっ!」
「あっ、しまった!」
「弾倉はどこだ!?」
無重力状態であたふたし始めた警備員たち。これを好機と見たのか、
「ケヴィン、借りるよ!!」
と言って、フィンがケヴィンの背部から小振りのナイフを取り出した。
「アル、援護して! あたしは接近戦に持ち込むから!」
こんな大声で叫ばれては、作戦も何もあったものではない。しかし、その後のフィンの挙動は実に見事だった。
「悪いね、ケヴィン!」
そう言いながら、今度はフィンがケヴィンを後方に引っ張り込んだ。彼の屈強な胸板を蹴って、フィンはナイフを片手に、するりと敵陣に向かっていく。
無重力と言っても、当然ながら空気がないわけではない。フィンはあたかも、空気中を泳ぐようにして、身体を波打たせながら敵に突っ込んでいく。
今や残る警備員たちは、負傷したり、そのために上手く身体をコントロールできないでいたりする者がほとんど。
僕は伏せながら、自分に近い順から敵の頭部を撃ち抜いていく。ぱっと広がる血飛沫。すると、それを煙幕代わりに、フィンが敵に接近してその首筋にナイフを突き刺した。
悲鳴の代わりに、血液がせり上がってきてがぼっ、という音を立てる。そんなことを続けている間に、敵の数は十名を切り、五人を切り、三人を切り、一人になった。
その頃には、ケヴィンの出血も止まっており、生き残った警備員は僕、ケヴィン、フィンの三人から、いっぺんに狙われる破目に陥った。
「こいつはどうする、フィン?」
「まあ、首をやれば即死だから、早く楽にさせてあげてもいいけど。どう、アル?」
そこで僕に話を振るのか。
僕は二人の血気盛んな性分に苦笑しながらも、
「二人が迷ってるんだったら、僕が――」
「待って!!」
突然響いた、悲鳴じみた声。そこに立っていたのは、
「レーナ、やっと来てくれたのか」
僕が半ば呆れた声を出すと、彼女は僕たちが思いもしなかったことを提案した。
「人質にしよう?」
しばしの沈黙が、フロアと廊下に広がった。
「その人、足は怪我してないよね? だったら連れて歩くのに支障はないし、ここから脱出するのにいい経路を知ってるかもしれない。殺しちゃうのはかわいそう……じゃなくて、惜しい、っていうか……」
案の定、レーナの声は尻すぼみになっていく。しかし、僕は少しばかり満足していた。
レーナは、『敵がかわいそうだ』という甘い考えから脱しようとしている。僕たちの為すことに、抵抗が少なくなってきているのだ。
「それはいいかもしれないね」
僕はレーナに賛同してやった。
「おいおい、もう脱出経路は分かってるんだぞ? 今さら敵を生かしておく必要は……」
「ないわけじゃないわね、ケヴィン。そうでしょう、レーナ?」
フィンの言葉に、ケヴィンは口を噤み、レーナはこくこくと頷いた。
ケヴィンは両の掌を上に向けながら、
「三対一か。敵わねえな」
と言って、
「おい、警備員。あんたは少しばかり寿命が延びたらしい。俺たちと一緒に来てもらう」
と言って、その後ろ襟を掴んだ。
「あなた、名前は?」
僕は無感情を装って尋ねた。すると、
「……フレディ。フレディ・カーチスだ」
その時、その警備員以外の四人の頭上に疑問符が浮かび上がった。
ケヴィンが警備員の前に回り込み、
「もう一回言ってくれ」
「フレディ・カーチスだ」
まだ震えは治まらないものの、警備員は落ち着いた様子で、ゆっくりと発音した。
「ふれでかーちす? 長い名前だな」
「ああいや、私の名前はフレディで、カーチスは名字だ」
その時になって、僕にはようやく違和感の出所がはっきりした。
今まで僕らは全く気にしてこなかったが、僕たちには、
「名字が……ない?」
名字。ファミリーネーム。どうしてそれが与えられていないのだろう? まさかコウノトリに運ばれてきたわけでもあるまいし。産まれた時には、ファミリーネームが付与されるはずだ。
それにもう一つ不可解なのは、僕らが今まで、たった一度も、名字のないことに違和感を持たずに過ごしてきた、ということだ。
「誰か、自分のファミリーネームを把握してる人は?」
僕はおずおずと皆の顔を覗き込んだ。しかし、レーナもケヴィンも、フィンまでもが首を捻っている。
「ふれでかーちす、お前は手を挙げなくていい」
「ひっ!」
ケヴィンに肩を叩かれ、慌てて腕と首を引っ込めるフレディ。
大人にはあって、子供にはない。名字というのは、一人前になってから与えられるものなのだろうか? いやしかし、少なくとも僕たちの両親は、同じ名字を共有していたはずだ。
父が、名字で相手に名乗る機会を見たことは何度もある。与えられずとも、知ってはいるはずの、名字。
だが、それがやたらと曖昧なのだ。名字だけでなく、父を含む家族との関わり合いの記憶が希薄。まさか、ヘッドギアを装着した時点で脳に障害が発生してしまったのではあるまいか。
しかし、
「おい、全っ然思い出せねえぞ」
「あたしも……」
ケヴィンとフィンも思い出せないという。
ヘッドギアを被せられていない二人ですら思い出せないとは。
もしかしたら、僕たち四人、いや、今回拉致された少年少女全員が、名字や家族との記憶にダメージを負わされたのではあるまいか。
「フレディさん、何か思い当たりませんか?」
僕たちの中で一番柔和な、レーナが声をかける。しかしフレディは
「わ、私にもよく分からない。ほっ、本当だ!!」
まだ恐れおののいている態度でありながらも、嘘や隠し事をしている気配はない。
僕たちの身に何があった? 一体どうしたんだ?
「皆、聞いてくれ」
僕はこのざわざわとした空気を振り払うべく、声を挙げた。
「僕たちの目標は、目下のところスペースプレーンの奪還だ。考える時間はまだまだある。今は、地球に辿り着くことだけを考えよう」
フレディを除いた三人は、こくこくと頷いた。
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