第15話

 僕は管制官たちの死亡を確認しながら、腰元から弾倉を取り出す作業を行った。それから人工重力場を操作するコンソールに向かう。


「レーナ、来てくれ。二人で操作した方が手っ取り早い」

「……」

「レーナ?」


 振り返ると、レーナは管制室入り口でぺたんと尻をつき、呆然としていた。目は虚ろで口は半開き。両手には拳銃のグリップが握り込まれ、銃口は床に接している。


 僕はゆっくりとレーナに近づき、声をかけてみた。


「レーナ、大丈夫かい?」


 ゆるゆると顔を上げるレーナ。僕を上目遣いで見返してくる。ポールが殺された時のように、正気を失ってしまったのだろうか。

 僕がデスクを乗り越え、しゃがみ込むと、レーナはみるみる涙を溢れさせた。


「どうしたんだ?」

「アル……。あなたはいつも真面目で、博識で、リーダーシップもあって……。でも、あんな簡単に人を殺せるなんて、私、思わなかった」


 うっ、と僕は言葉に詰まった。僕は胸に手を当て、呼吸を落ち着ける。


「やらなきゃやられるんだ、フィンも言ってただろう? 戦うしかないんだ。もう後には引けないし――」

「違う!!」


 レーナはぶるぶるとかぶりを振った。


「アル、あなたはとっても優しかった。告白してくれた時、どれほど私が嬉しかったか、想像つかないでしょうね?」

「そ、それは……」


 そして次に告げられたのは、絶望的な言葉だった。


「あんな冷たい人だなんて、思わなかった……」


 僕の背筋が、ぞわり、と震えた。幽霊の舌で舐められたかのように。急激に汗が額から滲んでくる。同時に覚えたのは、氷の鉤爪で心臓を鷲掴みにされたような感覚。


「……レーナ、今は戦うしかないんだ。僕を困らせないでくれ」

「そう言って逃げるの?」

「僕たちの命がかかっているんだぞ、そんな話をしている場合じゃないだろう!?」


 すると、僕の胸にレーナが飛び込んできた。勢いをそのままに、胸板を握りこぶしで叩いてくる。さすがに、こんな状況で彼女の肩を抱くことはできない。


「違うよ……。『そんな話』なんかじゃないよ……!」


 何だ? レーナは何を言っているんだ? それもこんな状況下で?

疑問に次ぐ疑問。すると全く唐突に、僕は自分の脳が痺れるような感覚に囚われた。

 脳がその機能を停止し、何も考えられなくなる。

 僕は無意識にレーナの肩を押しやった。しかし、レーナは通せんぼをするかのように、僕の身体から離れようとしない。

 まるで、『虫も殺せない心優しいアルフレッド』の姿が消えていくのを押さえ込んでいるかのようだ。


 しかし、もう僕たちはもう戻れない。それは、自分が引き金を引いた時点で、レーナも覚悟していたはずだ。

 待てよ。本当に、レーナは覚悟していたのだろうか?

 僕とて、むやみやたらに人殺しをしているわけではない。それはケヴィンやフィンも同じことだろう。

 だが、かと言って人殺しにためらいがあるか、と訊かれると、返答に窮するのも事実。

 僕は、間違ったことをしているのだろうか。人を殺すのは間違っているのだろうか。たとえその目的が、親友の敵討ちであったとしても。


 僕はレーナの身体を引き離そうとした。しかし、レーナは僕の白衣をぎゅっと掴んだまま、左右に首を振るばかり。思えば、こんなに必死で僕の言葉に反対するレーナを見るのは初めてだった。

 それほど重大なことを、僕は行っている。しかし、それはレーナの精神面にとって、これほどまでに拒絶感を味わわせるものだったろうか。

 分からない。

 僕はかぶりを振った。レーナ、君はそんなにも優しいのか? それとも恐れおののいているのか? まさかここまで来てしまったことを後悔するほど愚かなのか?


「ケヴィンとフィンはいつまでも待っていられるわけじゃない。二人のためにも、機器系統の変更を早く終わらせたいんだ。手伝ってくれ。そうでなくても、僕が全部一人でやる」


 僕はレーナを軽く突き飛ばすようにしてから、部屋中央奥のコンソールに向き直った。

 まずは、ここの操作権限を持つ人間のカードキーを手に入れなければならない。僕は死体と血の中を歩き回り、ここの主任管制官と思われる男性の胸からカードを取り外した。

 それをコンソールにスキャンさせる。するとすぐに、ちょうど手の高さにある操作パネルに電気が点いた。跳弾した弾丸による銃創はあったが、操作に支障はなさそうだった。


 パタパタとコードを打ち込み、『人工重力場の一時停止』の画面にまで進んだ。

その時、ドン、といって、僕は突き飛ばされた。


「ッ!?」


 この部屋で動ける、というか生きているのは僕かレーナしかいないはずだが。ということは、僕を突き飛ばしたのは――。

 というのは衝撃からカウントして〇・二秒くらいに考えたことで、僕の視界は真正面からレーナを捉えた。


「こうすればいいんでしょう!?」


 ヒステリックな声を上げながら、僕のいたコンソールの前に陣取るレーナ。パタパタと操作し、画面に警備員の詰め所をクローズアップさせる。そして、何のためらいもなく『実行』ボタンを押し込んだ。

 レーナは冷たい目で僕を睨んだ。まるで、『自分にだってできるのだ』と迫っているかのようだった。


 僕がレーナの気迫に気圧されそうになった次の瞬間、ドドッ、と空気が揺れた。大きな振動が、壁に、床に、天井に走っている。ケヴィンが壁を殴りつけたのだ。

 僕はレーナを置いて、廊下に飛び出した。すると、ドア越しには聞こえなかった悲鳴や怒号が耳に入ってきた。


「何事だ!?」

「うわっ! 動けない!?」

「何が起こって……ぐはっ!!」


 どうやら、『警備員室重力場破壊作戦』は上手くいったようだ。銃声も聞こえてくる。問題は、敵である警備員たちの戦闘スキルだ。


 まさか低重力下で戦えるだけの実力があるとは思えない。が、腰に手を伸ばせば拳銃を取り出すことができる。やはり、ケヴィンとフィンだけに任せておくのは危険かもしれない。


「行くよ、レーナ!!」

「え? だって私たちの作戦では、残り二人が戦うって――」

「心配なんだ!!」


 先ほどまでの気迫はどこへやら、レーナは再び天敵を前にした小動物のように震え始めた。

 僕はレーナの手中にあった拳銃を強引に引き取り、弾倉を交換した。


「君が戦いたくない、っていうんならそれで構わない。でも、自分の身は自分で守ってもらうよ」


 それから拳銃をレーナの眼前に突き出し、彼女がそれを受け取るのを確かめてから、廊下を駆けて行った。

 

 辛うじて脱出したのだろう、警備員室から出てきた男性を見つけた僕は、背後から容赦なく銃弾を喰らわせた。上手くうなじに当たったところからみると即死だろう。

 角を曲がる度に、背中を壁につけ、顔だけ出して向こう側を窺う、ということを繰り返す。そのお陰で、逃げ出した警備員のうち三人は仕留めた。


 そうして僕は、警備員室のすぐそばにまでやって来た。またもこっそり向こう側を窺うと、文字通り大穴が空いていた。正直、ケヴィンの腕をもってしても、一発でこの壁を破れるとは思っていなかった。何層にもなった硬質なタイルや金属板。それらが見事に向こう側へとひしゃげている。

 そして、その向こう側では、殺戮と言っていいほど凄惨な光景が広がっていた。


 警備員室は、高さ十メートル、床面積は体育館ほどと、随分広大なスペースになっていた。僕が顔を覗かせたところが床の階層になっており、あちらこちらに警備員たちがふわふわと風船のように浮かんでいる。見上げると、宙に赤い液状の粒が舞っていた。

 そばの武器ラックから取り出したのだろう、ケヴィンは散弾銃を、フィンは自動小銃を構えている。二人とも、ストックを腹部、すなわち身体の重心に当てて、反動を殺せるようにしながら銃撃をしていた。

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