第12話

 僕たちは無言で進んだ。進むことができた、というべきか。

 四つん這いのまま腕を伸ばし、肘を曲げることで、肩から下の身体を引きずって前進する。

 こういう時に一番パニックになりがちなのはレーナだが、僕が黙々と進んでいることと、すぐ後ろに同性の友人であるフィンがいることで、落ち着いていられたようだ。


 しかし、問題は二十分ほど進んだ時に発生した。


「皆、止まってくれ」


 僕は振り返らずに停止を促した。


「あれは……」


 目を凝らして確認する。そしてつい、口に出してしまった。


「まずい」

「えっ、ど、どうしたの?」


 不安を隠す余裕もなく、レーナが弱々しく問うてくる。何とか不安を与えまいと思ったが、こんな事態を前に、僕も隠し立てはできなかった。


「この通風孔、封鎖されてる」


 後ろから『何ですって?』『おい冗談だろ?』などなど声が重なる。しかし事実は変わりはしない。


「封鎖されてるんだ」


 言い返しながら、僕は頭を回転させた。

 呼吸の心配はない。空気循環器はコロニー地下の中心、僕らが這ってきた後ろにある。空気はきちんと回ってくるのだ。

 しかし、仮にここで足止めを喰った場合、水も食料もなくやってきた僕たちがどうなるのかは目に見えている。


 僕は通風孔を塞いでいる板を叩いてみた。コンコン、と音はするものの、全く響かない。恐らく、セメント状の何かを流し込むようにして、完全に満たされてしまっているのだ。これではケヴィンの拳をもってしても破れないだろう。


 前方は塞がれ、後退しても意味がない。進むなら、上か下だ。この配管をぶち破るのは、先ほどのようにケヴィンにとっては容易いだろうが、どちらがどんな場所に通じているのかは分からない。

 どうしたらいい……?

 僕は上下左右に視線を巡らせる。

 その時だった。


「ん?」


 何か重機の動くような音がした。上からだ。これは……まさか!


「レーナ、こっちだ!! フィン、下がれ!!」


 僕は咄嗟に後ろに腕を伸ばした。


「きゃっ!」


 レーナの腕を掴む。すると、自分でも思いがけないほどの力で、僕は彼女を引っ張り上げた。レーナの頭を抱きしめる。

 すると、まさにレーナの身体のあったところに、上から砂礫が降ってきた。

 続いて現れたのは、工業用ドリルだった。高速回転するドリルは、まさに重機と言った形で下りてくる。

 通風孔を外側からいとも簡単に破ったドリルは、レーナとフィンの足元を掠めるように突き刺さった。凄まじい轟音が僕たちの鼓膜を圧迫する。ドリルは回転しながら上に引き上げられ、そこから光が差し込んできた。


「通風孔を破壊したのはお前たちだな!? 出てこい、殺しはしない!!」


 大人たちの声がした。警備員だろう。さて、その言葉のどこに真相があるのやら。


「さもなければ、手榴弾を投げ込む!!」


 何だ、殺す気満々じゃないか。いや、これはブラフだ。僕を捕まえた時のように、彼らは僕たちを傷つけられない。

 すると頭上で動きがあった。不明瞭な照明の中、警備員の一人が懐中電灯を持って首を突っ込んできたのだ。


「きゃっ!」


 思わず声を漏らすレーナ。


「お嬢ちゃん、おじさんたちは君たちを助けに来たんだ。獲って食いやしないよ、さあ、出てくるんだ」


 腕を伸ばし、無遠慮にレーナの白衣の裾を掴む警備員。紳士的な物言いとは反対に、やり方は強引だ。


「おい、止めろよ! 白衣が破れたらどうするんだ!」


 僕が非難の声を上げると、その警備員は顔を近づけ、


「うるせえ! 坊主は黙ってろ!!」


 と言って唾を飛ばしてきた。下衆な男だ。きっとこの上にいる連中は、皆そんな輩ばかりだろう。

 

 そんなことを考えていたかどうかは分からない。しかし、


「あっ、痛え!!」


 警備員は腕を引っ込めた。レーナに噛みつかれたのだ。


「このガキ!!」

「嫌あ!!」


 今度はレーナの髪を引っ張ろうとしている。僕は慌ててレーナの身体を引き、抱きとめる。


「お前らなんか、俺たち大人にかかればどうとでも――」


 と言いかけて、男は目を剥いた。大口を開けたまま固まる警備員。

 懐中電灯を向けると、喉の奥からフルーツナイフの刃が生えていた。


「あ、あ?」


 続いて、さらさらと赤黒い血が流れ出す。彼が息絶えているのは明らかだった。


「レーナ、大丈夫かい?」


 死体の向こうから呼びかけてきたのはフィンだ。彼女が持っていたフルーツナイフで、警備員の後頭部から喉元を貫通したのは間違いない。しかし、一体いつフルーツナイフなど持ち出したのだろう?

 そんな僕の疑問に答える間もなく、フィンは警備員の腰元から拳銃一丁と弾倉二つを取り出し、ニヤリ、と唇の端を上げてみせた。


「お、おいどうした!?」

「ガキどもに掴まれたのか!?」

「構わん、そいつを引っ張り出せ!!」


 警備員の死体が、引きずり上げられていく。直後、頭上で悲鳴と怒号が飛び交い始めた。


「う、うわあ、殺されてる!!」

「仕方ない、ここはやはり手榴弾で……」

「馬鹿!! 殺さずに捕まえろという命令だろうが!!」

「――そいつはありがたいね」


 そのフィンの言葉に反応した時には、さらにもう二人の警備員が撃ち倒されていた。

 銃口と顔を僅かに床の上に出し、フィンは三連射。


「う、わっ!?」


 すると、ばたばたと逃げ去る足音がした。一人分だ。

 

「逃がさないよ!!」


 フィンは通風孔に開けられた穴から腕を出し、身軽に飛び出した。


「た、頼む、命だけは!!」


 聞こえてくる喚き声は、残った警備員のもの。スタスタとフィンが歩み寄っていく音がする。

 すると、フィンは妙なことを言い出した。


「あんた、子供いる?」

「……は?」

「答えな!!」


 またも発砲音。悲鳴が上がったところからすると、警備員はまだ殺されてはいないらしい。すると警備員は、堰を切ったように喋り出した。


「こ、子供はいる!! 娘と息子、それに嫁さんの腹の中に……!!」

「そうかい」


 再び続いた発砲音。二発。同時に『ぎゃあっ!!』という悲鳴がした。今度は脅しではなく、本当に撃たれたのだろう。僕はゆっくりと頭を出した。すると、死体と血だまりの間に足を着くようにしてフィンが立っているのが見えた。

 その銃口の先では、警備員が一人、前のめりに倒れていくところだった。足元を撃たれたらしい。


「もう少し質問につき合ってもらいたいんだけど」

「なっ、何だ? 命だけは!!」

「それはさっき聞いたよ。いいから答えな。もしあんたのガキ共が、あたしらみたいな目に遭ったとしたら、あんた冷静でいられんのかい?」

「あたしらみたいな目って……」

「とぼけんな!!」


 そのフィンの声に、僕の腕の中のレーナが震えた。


「あんたたち警備員だって、あたしらが何をさせられてるか、分かってんだろう?」

「そ、それは……」

「想像できんのか!? ろくな耐熱装備も与えられずに、子供が溶岩に呑まれたり、火山火口に落下したり、酸の湖に溶かされていくのが!!」


 警備員は答えない。代わりに、ゴクリと唾を飲む音が馬鹿に大きく聞こえた。


「三秒以内に答えろ」


 僕は思った。もう、相手は喋ることも、思考することもできない。フィンは、冗談はあまり、というか全く言わない人間だから、このままでは……。


「三、二、一、」

「待って!!」

「レーナ!!」


 フィン、レーナ、そして僕の声が重なる。


「フィン、止めよう? だってあの人、怪我してるし、死んだら奥さんや子供たちはどうなるの? こんなの戦いじゃなくて、人殺しだよ!!」

「人殺しの何が悪い!!」


 フィンは首を曲げ、足元のレーナを見返した。


「あんたたち頭脳労働をさせられていた連中も身をもって知ってるだろう!? あたしだって、ポールが殺されたことくらい分かってるんだよ!! ポールがッ……」


 ギリッ、と歯ぎしりをする音が、僕のところにまで聞こえてくる。

 しばしこのフロアは、レーナの嗚咽と警備員の呻き声で一杯になった。

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