第11話

 話し終ってから、僕はしばらくそのまま佇んでいた。

 ケヴィンは腕を組み、目を閉じて自分の感情を落ち着けようとしている。

 フィンは、再び泣き出したレーナの肩を抱きながら、背中を擦ってやっている。


「敵討ちだ」


 唐突に、ケヴィンが沈黙を破った。


「お前らに紹介する機会はなかったが……俺もあの岩盤工事中に、何人もダチが死ぬのを見てきたんだ。突然の噴火でマグマに巻き込まれたり、足を滑らせて火口に落ちた瞬間溶け去ったり、熱風が出てきて身体の半分が焼けちまったり……」

「ちょっとケヴィン!!」


 強い調子で、フィンがケヴィンを止めた。


「そんな話、レーナが聞きたがるわけないでしょう!?」

「しかし事実だ」

「だからといって、それをむざむざ話す必要が……!」

「二人とも、落ち着いて」


 僕は我ながら意外なほど、冷静に二人を鎮めた。そのくせ、喉はカラカラに乾いている。ケヴィンの話は、僕も聞かなかった方がよかったかもしれない。


「ところで、地図は? ミヤマとかいうおっさんから送られてくるんだろ?」

「ああ、その予定――」


 といいかけたところで、ポーン、と柔らかい電子音がした。立体映像投影装置からだ。

 最初に現れたのは、音声を伴わない文字列。


《今後はこれを腕時計のように装備しておくといい》


 そうか。僕も自室に戻ったら早速そうしよう。

 了解の旨を告げると、今度こそこの建造物の見取り図が出てきた。


「どれどれ……」


 皆が額を寄せ合うようにして覗き込む。見取り図の下には、『オルドリン医療研究病院』とあり、ここは地下一階であることが明示されていた。地上一階はコロニーの内部にあり、そこを出れば、スペースプレーンの発射場までは近い。


 ただし、近いと言ってもコロニーの内側から外側へ行くのだ。どこかで宇宙服を調達する必要があるし、第一、この地下一階から抜け出す方法を模索しなければ。


「ふむ」


 僕は顎に手を遣った。最近の癖になってしまったようだ。

 どうしたものか――。その時、ある考えが浮かんだ。


「誰か知ってる人がいたら教えてほしいんだけど、ここの通風孔ってどうなってる?」

「突然どうした?」


 と訝しげなケヴィン。だが、彼が言葉を続けるより早く、見取り図に廊下だけではなく、赤い線が走った。これが通風孔か。


「僕の考えだけど、ここの看護師さんたちに見つからずに脱出するのは至難の業だ。できるだけ他人との接触を避けるには、通風孔を使うのが一番いいと思う。幸い旧式の通風孔だから、皆で匍匐前進していけば通れる。どうかな?」

「なるほど、それはいいかもしれないわね。私もここのスタッフさんたちを殴る気にはなれないし。ね、レーナ?」


 フィンに促され、レーナは大人しく頷いた。


「しかし大丈夫なのか? 通風孔と言ったら、この施設の空気循環をするのに使われているんだろう? 監視は――」

「さすがにそこまでは及んでないよ」


 疑問を口にするケヴィンに、僕はあっさり答えた。


「ここは刑務所や要塞じゃないんだ。僕なら通風孔になんて、監視の目はつけない」


 ふむ、と言ってケヴィンは黙り込んだ。素直に僕の勘を信じてくれたらしい。


「もっと言えば、非常事態用に、通風孔の予備がこの建物内の特定の部屋にだけに伸びているんだ。今使われている通常の通風孔を塞いでしまえば、看護師やスタッフたちはその特定の部屋にしかいられなくなる」

「だったらその隙に廊下を突っ走っていけば?」

「そうともいかないんだ、フィン」


 僕は今度はフィンの方に顔を向け、


「非常用の通風孔は、廊下の空気までは循環しないんだ。地図を見れば――ほら」


 立体地図を展開し、フィンに見せると、


「つまり、この建物を出るのに廊下を使ったら、どこかで酸素が不足して呼吸困難になる、っていうことね?」


 僕は首肯した。


「障害となる人間たちを閉じ込めて、かつ僕たちの呼吸用の空気を確保しながら脱出するには――」

「まず今動いている通風孔をぶっ壊して、非常用の通風孔に飛び込む。そうだな、アル?」


 ケヴィンの端的なまとめ方に感心しながら、僕は頷く。


「ねえ、スペースプレーンはどうやって確保するの?」


 弱々しくも、レーナが問いかけた。


「ミヤマさんの話だと、四人席のスペースプレーンが一番使いやすいらしいんだ。ちょうど僕たちは四人だし」

「操縦は?」

「僕とフィンが交代でやるよ」


 首を縦に振るフィン。スペースプレーンの運行免許は、以前取得した。そのクラスにフィンがいたことを、僕は思い出したのだ。


「よし。そうと決まれば」


 ケヴィンが自分の拳をパキパキと鳴らす。


「アル、どこをぶっ壊せばいいんだ?」

「警戒警報と通風孔の非常用への切り替えは、同じタイミングで起きるはずだ。僕はこの腕時計型の映像機器を取ってくる。少し待ってて」


 僕は急いで自室に戻り、腕時計を手に取って、レーナの部屋へと戻った。

 見れば、ケヴィンとフィンが、壁のあちこちに耳を当てている。通風孔の走る配管の振動音を聞こうとしているのだ。

 僕がそんな二人の様子を認めた、まさに直後。


「ここだな」


 言うが早いか、ケヴィンは思いっきり壁に鉄拳を喰らわせた。


         ※


 僕たちの目の前の壁には、立派な穴が空いていた。ちょうど二本の配管が、縦に走っているのが見える。

 青い方には『通風孔』という文字と部屋番号を記したシールが、赤い方には『通風孔(緊急事態用)』という文字と、同じ部屋番号を記したシールがそれぞれ貼られている。

 通風孔としてはかなり大きく、ケヴィンの肩幅でも入ることができそうだった。


「で、青い方をぶっ壊せばいいんだな?」


 ぐるんぐるんと腕を回してみせるケヴィンに、僕は


「思いっきりやってくれ」


 と一言。


「了解だ!」


 次の瞬間、いっぺんに様々な音が入り乱れた。

 金属がひしゃげる鈍い打撃音、空気が漏れ出す鋭い高音、そしてけたたましく鳴り始めたアラーム音。すると、


《通風孔が損壊しました。この区画にいる方は、ホログラフに従って、空気の確保できる部屋に移動してください。繰り返します――》

「よし、次だ!」


 アラームに負けないよう、僕は怒鳴った。


「今度は赤い配管を開ければいいんだな?」


 頷いてみせると、ケヴィンは配管のボルトに手をかけ、回し始めた。丸い配管の一部が、だんだん歪んで外れかけてくる。


「ケヴィン、まだなの!?」


 出入り口の方を見てそわそわしているフィンに対し、ケヴィンは


「これが最後のボルトだ!」


 と言って、手を掛けていたボルトを引き抜いた。

 すると、今度はそこからも空気が漏れ始めた。


「皆、早く入って!!」


 僕はレーナの背中を叩きながら叫んだ。

 外された配管部分は、僕たち四人が悠々と入れるほどの広さ。ここが地下一階であることは分かっていたので、地下一階と地下二階の隙間を這っていくことになる。そう僕は理解していた。

 フィンが手際よく用意してくれた懐中電灯を手に、僕が先頭、次にレーナ、三番目にフィンが配管の穴に飛び込む。飛び込むと言っても、高さはせいぜい一メートルほどだ。

 しんがりを務めるケヴィンは、金属溶接用の小型バーナーを手にしていた。この非常用通風孔の、ボルトで外した箇所を、今度は内側から溶接するのだ。そうしておかないと、通常用・非常用の両方の空気が漏れ出すことになってしまい、僕らの呼吸もまた危うくなる。


「アル、先行してくれ。俺は溶接作業が終わったらすぐに追いつく」

「分かった」


 見取り図で確認した通り、ここの配管は九十度に曲がっている。僕たちが飛び降りたのは縦向きだったので、ここから進むには横向き、つまり這っていくしかない。

 僕は懐中電灯で方々を照らし、


「こっちだ。ここからなら脱出できる」


 と後ろのレーナに声をかけた。


「よし、進むぞ」

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