第10話
「ち、地球に? 行ってどうするんです?」
《君たちはれっきとした被害者だ。地球の国際法廷に出て証言すれば、こんな過酷な実験を止めさせることができる。ポールくんの敵討ち……とまでは言わないが、供養にはなるだろう》
地球。国際法廷。実験。ポールの敵討ち。
インパクトのある言葉が次々に湧き出してきて、僕の興奮は高まった。
「でもどうやって? 僕はこの施設の、それも限られたエリアしか知らないのに」
《それはだね――》
ミヤマのプランはこうだ。
まず、ミヤマが入手したという地図を見て、この建物を出る。次に、コロニー外縁部に設けられたスペースプレーンの発着場に行き、それを乗っ取る。そして地球へと向かう。
普通に航行していれば五、六年はかかる距離だが、幸いオルドリンの近くには地球へ直通のワームホールがある。ワームホールとは、宇宙空間に存在するトンネルのようなもので、二ヶ所を繋いでおり、その間の移動時間は極端に短縮される。ここのワームホールから出発して地球近くの出口から出るとすれば、所要時間はせいぜい十~十五分といったところか。
納得する一方、僕は一つの要請をした。
「ミヤマさん、レーナを同行させてもいいですか?」
《もちろん! 人数が多ければ多いほど心強い》
法廷での説得力が増すそうだ。
《身体労働を強いられている友人がいれば、彼らも連れて行った方がいい》
「身体労働……?」
そうか。学習エリアにいなかったケヴィンやフィンのことか。
《彼らは、万が一戦闘状態に入った場合、大変力強い味方になってくれるだろう》
確かに。僕のような貧弱者……というか、突発的にしか戦えない人間からすれば、常に身体を鍛えてきた彼らの存在はとても心強く感じられる。
「頭脳労働組は僕とレーナを除いて全滅ですが……身体労働組はどうです?」
《今度はこれを観てくれ》
すると、新しい映像が展開された。相変わらず無音ではあったが、それは僕の心を揺さぶるのに十分すぎるものだった。
「これって……!」
僕が聞いた話では、彼らは三メートルほどの耐熱マシンに乗り込み、掘削作業を行うものだという。マシンは一人一台に与えられ、一般的な溶岩であれば、接触しても十分耐えられるものだそうだ。しかし、そんなマシンは存在しなかった。
「彼ら、生身で……!?」
《その通り》
映像では、そんなマシンはどこにも映っていなかった。代わりに捉えられていたのは、宇宙服を着ただけの同級生たちだった。大型ドリルやつるはしといった旧世代の道具で岩盤を砕いている。
「これは……酷い!!」
学習内容の違う僕でも、さすがに分かった。思わず声に出したところ、ミヤマは言葉を続けた。
《オルドリンのような星においては、キャタピラでのマシンの移動は困難だ。だから多脚ロボットを使用するべきなのだが、なにぶん高価なものでね。他の惑星でも見たことがある。こうやって、熱に対しては丸腰の状態で労働させられている少年少女たちを》
「ここはどこなんです? どこの映像なんですか?」
《この星のほぼ反対側だ。君たちが最初に拉致された時と同じように彼らも拉致され、従わなければ罰せられるという状態にいつの間にか置かれていたんだな》
確かに、オルドリンの正面と裏側の構造の違いは大きい。正面、つまりコロニーがあるところは、地震すら年に一回起きるか起きないか、という状態だが、裏側は現在でも活発な地殻運動があるとは聞いたことがあった。
映像を観ていると、吹き上がるマグマに飲み込まれて、溶けてなくなっていく少年少女たちの姿が見えた。
「うっ……」
吐き気を催した僕は、慌てて目を逸らす。
つまり、頭脳労働者二名、身体労働者二名、計四名で地球に辿り着き、法廷に出れば、確かに決定的な告発にすることができる。
《身体労働者の中に友人は?》
「二人ほどいます」
僕はケヴィンとフィンの名前を挙げた。
《よし。何とか彼らを引っ張り出して、君たちを合流させてから事を起こすとしよう。今日はここまでだ》
「あっ、待ってくださいミヤマさん!」
立体映像には、『?』のマークが浮かんでいる。
「あなたは何者なんです? どうしてこうまでして、僕たちを救おうとしているんです?」
《そういう組織の人間だからだ》
とだけ答えて、今度こそ立体映像は消えた。
※
翌日。
僕はレーナの病室で、昨日深夜、または今朝未明、ミヤマから連絡があったことを告げた。するとレーナは特別驚いた風もなく、『私にも、そのミヤマさんという人から連絡があったの』とのこと。そして、自分も様々な映像を見せられたという。
「本当に酷いよ……。友達があんな風に酷使されているなんて。大人たちは、自分の友達があんな目に遭っても平気でいられるのかな……」
これは難しい問いかけだった。何せ、僕たちは大人になったことがないのだ。彼らの気持ちなど、分かるはずはない。さらに言えば、同情の余地などない。
「レーナ」
俯いていた彼女の顎に手を添え、僕と目が合うように顔を上向けた。
「一緒に地球に行こう。力になってほしい」
するとレーナは、少し頬を染めながら、しっかりと頷いた。
それから三日後のことだった。
僕はレーナに会おうと廊下を歩いていた。すると、何やら廊下の向こう側が騒がしい。
「おい、一体ここはどこなんだ!?」
「ちゃんと説明したらどうなの!?」
はっとした。この声は……!
「ケヴィン、フィン、無事か!!」
廊下の曲がり角から現れたのは、僕が察した通り、ケヴィンとフィンだった。どうやら二人は、わけも分からず連れられてきたようだ。
「あっ、お前……! アルじゃねえか!!」
「アル? ああ、本当に! 無事だったのね!!」
二人の顔に喜びが浮かぶ。ケヴィンたちのわきを歩いていた白衣の看護師は少し戸惑ったようだが、僕の方へと歩み出す二人を止めようとはしなかった。
ケヴィンは僕の肩に手を載せてくれたが、すぐに視線を逸らして問うてきた。
「一体何なんだ、この施設は? 病院みたいだが……」
「ああ、ここは安全なところのようだ。それより――」
僕は後ろに控えている看護師たちに聞こえないよう、口で小さなメガホンをつくって二人に囁きかけた。
「今、僕はレーナのところに行こうとしていたんだ。是非二人にも来てもらいたい。大事な話があるんだ」
「ふむ」
「まあ、積もる話もあるわよね」
「よし。じゃあ……」
僕は二人を引き連れ、レーナの個室のドアをノックした。『はい』という声がして、
「僕だ。アルだよレーナ」
と言い終える前に、スライドドアがすっと開いた。
「アル、今日も来てくれたんだね!」
「うん。お客もいる」
「お客……?」
僕がわきにどけると、
「レーナか! お前も無事だったんだな!」
「レーナ! 大丈夫? 怪我してない?」
驚きに満ちたレーナの瞳が大きく見開かれ、
「ケヴィンもフィンも無事だったのね!」
と言った直後、レーナの頬を涙が伝った。
「もう大丈夫よ、レーナ。私たちも一緒にいるから」
そう言って、号泣し始めたレーナの頭を、フィンは両腕で優しく包み込んだ。
「ってことは、ポールもいるんだろう? あいつは――」
きょろきょろと室内を見渡すケヴィン。
その直後、びくっとレーナの肩が震えた。そうか、ケヴィンとフィンはポールのことを知らないのか。
「死んでしまった」
僕はできるだけ感情を抑えながら、そう言い放った。
「ポールが……何だって?」
ケヴィンが困惑を表情に出した。そうか。身体労働を強いられていた生徒たちは、あの悪魔のようなヘッドギアの存在を知らないのか。
「ちょっとアル、一体どうしたのよ? 突然『死んでしまった』なんて」
それから僕は、ポールのこと、打ち倒したした警備員のこと、ミヤマのことなどを話した。今さらだが、この施設内に監視カメラや盗聴器の類がないのをありがたく思った。
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