第13話
「ふっ……」
フィンは拳銃を下ろした。見れば、レーナがフィンの足首を掴んでいる。レーナが泣いているのが、僕の角度からも見えた。
「もう止めて、もう……」
するとフィンは瞳だけを動かしてレーナを見返し、
「あんたには悪いもん見せちゃったね、レーナ。殺しはしないよ」
そう言って、フィンはしゃがみ込んでレーナの腕を掴んだ。そのまま易々と引っ張り上げる。僕も続いて這い出し、ケヴィンも肩幅を縮めながら何とか出てきた。
フィンは悠々と警備員に歩み寄り、
「でも、必要なものは貰っていくよ」
「あ、ああ……」
警備員の身体を転がすようにして仰向けにさせる。
「アル?」
「うん」
何を持っていけばいいか、僕の方がよく分かるであろうことをフィンは察していたらしい。
僕は無言で、警備員の防弾ジャケットを漁った。拳銃に弾倉、ナイフ、それに無線機。忘れてならないのはカードキーだ。
「通風孔や配管はどうなっていますか?」
「もう、復旧しているよ……」
「分かりました」
僕はこの部屋を見渡した。すると、警備員が倒れているすぐ後ろの壁がドアになっているのが目に入った。カードスキャナーが設置されていたので判別がついたのだ。
「皆、行こう」
何とも言えない徒労感。それに伴う士気の低下。
(まずいな……)
僅か四人とはいえ、いや、四人しかいないからこそ、精神的疲労の種は潰しておかねばならない。
「早く行くぞ」
僕は声を張って三人を促した。
フィンが、開いたドアの左右を見渡し、こちらに親指を立ててみせた。
「レーナ、先に」
死体を避けながら何とか歩いてきたレーナを、フィンが廊下に引っ張り出してやる。そこで、フィンはこちらに目配せした。正確には、僕の後ろにいたケヴィンに。
「痛いか? おっさん」
「……?」
ケヴィンは警備員のそばにしゃがみ込んだ。その両頬を、大きな手で挟む。
「な、何を……?」
パキリッ。
小さな音を立てて、ケヴィンは警備員の首の骨を折った。
「今、何か音がしなかった?」
はっと振り返ろうとしたレーナの肩を押さえながら、僕は
「い、いや、何でもないよ! なあ、ケヴィン?」
「ああ。何もない」
ケヴィンはあからさまに肩を竦めた。続けて
「フィン、様子はどうだ?」
「こっちも問題ないわね。皆、拳銃は拾った?」
途端にレーナがびくり、と肩を震わせた。
「わ、私も持つの?」
「当然じゃない!」
フィンは自分が手にした拳銃を、グリップをレーナに向けながら差し出した。
「ここの大人たちは、あたしたちの命を何とも思っていないのよ? いつ掌を反して攻撃してくるか分からない。自分の身は自分で守りなさい」
「で、でも私、人を、人を殺すなんて……」
視線を斜め下に逸らしながら、レーナは口ごもる。
「そんなんじゃ、殺す前に殺されるわよ? 死ぬよ? あんた」
相変わらずフィンの物言いは辛辣だ。
「そんなこと、言われても、他の人にも命があるし、その人を大切に思ってる人がいるし……」
目に涙を浮かべ始めたレーナ。僕には仲裁に入る勇気はなく、ケヴィンに至っては、苛立ちを隠す気すらない。荒いため息をつく始末だ。
「さっきの警備員さんだって、家族がいたんでしょう? もしかしたら、殺しちゃった他の人にも……」
だんだん尻すぼみになっていくレーナの言葉。
僕がその言葉を聞き漏らすまいと、目をつむったその時、
パシン、という鋭い音がした。
僕ははっと顔を上げ、ケヴィンはやれやれと首を振った。フィンの右腕は振りかぶられており、その前には、左頬を赤く染めたレーナがいる。
「痛かったでしょう、レーナ。でもあたしは謝らないわ。だってそうでもしないと、あなた、ずっと甘いままでしょう?」
「わ、私が、甘い……?」
レーナは問い返した。その言葉は、思いの外しっかりしている。
「そうよ。あなた、ポールやクラスメートがどれほど苦しみながら死んでいったか、どれほど怖い思いをしていたのか、想像できて? 彼らの無念を……」
今度はフィンが視線を逸らす番だった。すると、これを好機と捉えたのか、ケヴィンが声をかけた。
「説教は終わりか? そろそろ次に何をするか、決めた方がいいと思うんだが」
「そ、そうね。アル、何か作戦は?」
「え?」
突然話題を振られ、僕は慌てた。
「おいおい、しっかりしてくれよ」
ケヴィンが僕の肩を小突く。
「ああ、悪い……」
そう言いながら、僕は思っていた。レーナを守ってやれなかったことを。何も仲間内で暴力を振るうことはないじゃないか。
それに、僕はケヴィンを恐ろしく思ってしまった。何せ、人を殺したその手で僕を小突いてきたのだ。さっきの首の骨が折れる音……。僕は首を左右に振って、その事実を頭から追い出した。
「大丈夫か、アル?」
「うん、あ、ごめん。今地図を確認する」
僕たちは廊下を粛々と進んでいった。警備員たちの無線機は全て壊してきたから、他の警備員が気づくまでの時間稼ぎはできるはずだ。
問題は、どのルートを通ってこの建物から出るか、だった。
アイディアは二つ。
一つは、このまま廊下を進み、エアロックで宇宙服を奪取してから外に出る。この場合、距離的にも時間的にも長くかかってしまうが、確実に宇宙服のある隔壁に到達できる。また、警備員が立ち塞がったとしても、その狭さゆえに大規模展開はできない。
もう一つは、ケヴィンの腕に任せて壁をぶち破る、という作戦だ。最短距離で宇宙服のあるブロックへ移動できる。壁さえなければ、宇宙服はすぐそばにあるのだ。しかし、それを実現するには、警備員の詰め所を強襲することになる。
この場合、奇襲によって警備員たちの意表を突くことができるだろうが、敵の人数は当然多い。力任せに突っ込むのは自殺行為だ。
「どうする、アル?」
またも腕をパキパキ言わせながら、ケヴィンが尋ねてくる。
「待ってくれ。地図を見ると……。警備員室はこの壁の向こうだ。そこを突破すれば、宇宙服の機密エリアまで五十メートルもない」
「でも、あんまり危険すぎやしない? まともに戦っても、勝ち目はないよ」
「一つ、僕に案があるんだ、フィン」
僕は地図から顔を上げた。
「ここの警備員は、重力発生場の上で戦闘経験を積んできた連中だ。だったら、この壁の向こうの重力場を消滅させてやれば、慌てふためくに違いない」
「なるほど」
フィンは頷いた。
「しかし、どうすればいいんだ? 重力場を消せるのか?」
「消せる」
ケヴィンに向かって、僕は首肯する。再び地図に顔を向けながら、
「この部屋が人工重力の管制センターになってる。警備員室の向かいだ」
すぐそこの部屋を指さす。
「二手に分かれよう。僕とレーナが管制センターを占拠するから、ケヴィンとフィンは少し待っていてくれ」
「ねえ、皆で一緒にいよう? 別に分かれなくても……」
「チャンスは一瞬なんだよ、レーナ」
僕はレーナにポイントを復習させてやった。
要は、ケヴィンとフィンはこの星の重力――地球の重力の六分の一――に慣れているから、彼らに戦闘を任せた方がよいということだ。
「ケヴィンが壁をぶち抜いて、フィンと二人で警備員室に突入しても、僕たちは足手まといになるだけだよ」
それに、人工重力管制室を四人で占拠するとなると、無駄に弾丸を消費してしまう。
「でも、アルと二人だけで、拳銃なんか使って……」
レーナの言葉が尻すぼみになったのは、フィンに睨みを利かされたからだ。
「おい、いつ敵が出てくるか分からないぞ。早く人工重力場を止めてくれ」
「分かってるよ、ケヴィン。レーナ、拳銃の扱いは分かるね?」
レーナは肩を震わせながら、こくりと頷いた。
「よし、じゃあ行ってくる」
「了解だ。この壁の向こうが騒がしくなったら、俺たちは突入する」
「頼んだよ、二人とも」
フィンはレーナにウィンクをして見せた。今回も上手くいく。そう伝えたかったのだろう。
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