第7話
「あ、ポール……。彼、ポールなの……?」
無遠慮にポールの遺体を指さすレーナ。
「うん、そうなんだ」
僕は静かに、しかししっかりと答えた。
するとレーナは、思いがけない行動に出た。泣き喚くでも気絶するでもなく、
「とりあえず、止血した方がいいのかな?」
と言って振り返ったのだ。
「なっ……! レーナ、平気なのか!?」
「私よりポールの方がよっぽど大変よ、血を流してるじゃない。止めてあげないと」
「……」
ポールの座席を囲むようにして、沈黙が訪れた。
はっとした僕は、レーナを振り返らせ、両肩を強く揺さぶった。
「レーナ!! 君は混乱してるんだ!!」
「こ、混乱……?」
きょとんと首を傾げるレーナ。
「アルこそ、何をそんなに慌てているの? あなたらしくないと思うけど」
僕はもう一度彼女の肩を揺さぶろうとして、止めた。レーナの目は、虚ろだったのだ。
肩から手を離した僕は、レーナの顔の前で手を振ったり、ポールは死んだのだと繰り返し言い聞かせたりした。しかし彼女は無反応で、『何故ポールを助けてあげないの?』と逆に言い募ってくるばかり。
「ねえ、どうして? 早く医務室に連れて行かないと」
すると、まるでその言葉を待っていたかのように
《介護用運搬ロボットが入ります。皆さんは亡くなったお友達から離れてください。繰り返します――》
とのアナウンスが入った。
間髪入れずに、部屋の壁が開いた。真っ白で二メートル四方のタイル状の壁がスライドしたのだ。あちこちから、するり、というような音がする。どうやら、壁面はあちこちでスライドしているらしい。ポール以外の遺体も回収するつもりのようだ。
運搬ロボットはすぐに現れた。大きな車輪が二台、本体の左右についている。歩行型ではないらしい。三台一組になってやって来る。円筒状の本体には、車輪の上に人間そっくりの腕があり、さらにその上に、のっぺらぼうの球体――顔のつもりだろうか――が載っている。地面からの高さは、一メートル半ほどだろう。
まず一台目が座席を操作し、リクライニングシートのように曲げる。倒れかかってきた遺体を一台目が押さえ、その後ろでは、二台目と三台目が内蔵していた担架を広げている。
一台目は器用な腕で遺体をお姫様抱っこし、ゆっくりと担架の上に横たえ、僕たちの前で停止した。両腕を広げているところを見ると、後ろの二台が行っている作業――脈を取ったり、心音を確かめたり――の邪魔をさせないようにしているらしい。
数秒の後、二台目と三台目の頭部が淡く青い光を発した。作業完了の合図のようだ。
すると、一台目は腕を引っ込め、頭部をくるりと回転させて、二台目、三台目と向き合った。二台目と三台目も向きを変え、そのまま縦列隊形を取って、フロアに空いたスライドドアへと向かっていく。
僕ははっとした。このままでは、僕たちも殺されるかもしれない。次にヘッドギアを装着させられたら、一体何が起こるか分からないのだ。
「おい、ちょっと待てよ!!」
僕にしては乱暴な言葉遣いだったが、今はそんなことを気にしてはいられない。ここから脱出するには――少なくともこのフロアから脱出するには、あの壁の向こう側へ行かなくてはならない。
僕は、一気に駆け出した。
一番後ろを走っていたロボットを突き飛ばし、二台目、三台目と並走する。この二台は腕を、担架を支えるために使っているので、僕を妨害することができない。かと言って、スライドドアを封鎖してしまうわけにもいかない。
今だ!!
と思ったのも一瞬、僕は後方から思いっきり襟首を掴まれた。
「ぐっ!!」
背中から、床に思いっきり叩きつけられる。
「何しやがる!?」
振り返ると、先ほど突き飛ばした一台目が、腕を伸ばして僕を引き留めていた。 僕は口汚い罵声を浴びせながら、ロボットの腕を外しにかかる。すると、ロボットは自らの腕の関節を外し、触手のようにしならせて僕の首に巻きつけようとした。
僕は辛うじてロボットの湾曲した腕を掴み、なんとか首を絞められないようにする。
しかし、これでは間に合わない。僕たちの生存ルートは、今やポールの遺体と共に、壁の向こうへ消え去ろうとしている。ここまでか……!
と、その時、急に触手の力が弱まり、僕は一台目のロボットから解放された。
慌てて振り返ると、そこにはレーナの姿があった。
「レーナ!!」
彼女の華奢な身体のどこにそんな力があったのか、レーナがロボットを蹴倒し、円筒部と腕部の接続パーツを引きちぎるところだった。
「アル、行って!!」
「ああ!!」
叫ぶように返事をして、僕は再び駆け出した。既にポールを乗せた担架は、壁の向こう、真っ暗な空間へ吸い込まれようとしている。
「待てえええええええ!!」
僕は喉が枯れるのも構わずに叫んだ。二台目のロボットが振り返る。その頭部を前にして、僕は思いっきり跳躍、それから右の拳を振るった。
そのまま拳を振り抜く。すると、電気回路が火花を散らして焼け焦げる臭いと、目を眩ませるような光が、僕の眼前に展開された。
残る三台目のロボットが一旦停止し、振り返るが、上手い具合にスライドドアに挟まれた。
チャンスだ。
視界を取り戻した僕は、スライディングの要領でフロア外の闇へと飛び込んだ。
横たわった姿勢のまま、目を凝らす。先ほどのフロアから差し込む白い光のお陰で、ある程度周囲は見えた。
ここは、どうやら廊下のようだ。
僕は這い回るようにして顔を前方へ向け、様子を窺いながら廊下の壁際に身体をくっつけた。ちょうど、何らかの資材の影に入るような形になる。
その時、ぱっと廊下にも照明が灯った。同時にアナウンス。
《遺体の回収中に事故が発生しました。警備員は速やかに学習フロアの第三ハッチを封鎖してください。繰り返します――》
警備員? 僕たち以外に人間がいたのか。耳を澄ませると、早速こちらに駆けてくる足音が聞こえた。人数は、恐らく二人。僕は資材の影に入ったまま、息を潜めた。
「こちら警備班〇六、第三ハッチに到着した。医療ロボットが学習フロア側にて、数台機能不全に陥った模様。遺体の回収を一旦中止し、ハッチの封鎖を申請する」
《了解》
すると、スライドドアに挟まれていたロボットが後退し、ポールの遺体を乗せた担架を支えたまま、壁の向こうに消えていった。
それと同時に、こちらに近づいていた足音がぱったりと止んだ。警備員二人が、話し合っているのだ。
「先ほどの映像を見せてくれ。このハッチの、学習フロア側を映したやつだ」
「はい、これです」
すると、自分の声が聞こえてきた。ロボットを相手に罵声を浴びせていた時の声だ。その映像が見られているということは――。
「お、おい、男子が一人、フロアの壁を通り抜けたぞ!?」
「えっ!?」
「巻き戻しだ。もう一度見てみよう」
「あっ、ほ、本当だ……!」
すると、急に息が詰まるような沈黙が訪れた。
何者か――この場合は僕のことだが――が廊下に侵入し、しかし、その姿が廊下に見当たらなかったとする。そうなると、自然と『どこに行ったのか』は丸分かりだ。
何かの陰に、身を潜めているに違いない。そう推測されるだろう。
僕は唾を飲むこともできずに、廊下の向こう側から音もなく警備員が近づいてくる気配を感じていた。空気がミシミシと軋んでいるような気さえする。
そんな中、するっ、と何かが擦れ合う音がした。
恐らく、拳銃をホルスターから抜いた音だろう。このままでは、ヘッドギアを被せられる前にここで射殺されてしまう。しかし、
……こんなところで、殺されてたまるか。
僕は捨て身の覚悟で、資材の陰から飛び出した。
「うあああああああ!!」
頭部をかばうように両腕を交差させ、突進。腕を組む直前に見えたところだと、右にいるのが上官、左にいるのが部下。
僕は部下の方に狙いを定め、タックルをかました。
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