第4話
「あ、君たち、ちょっと待ってくれ」
ポールが落ち着いて止めに入る。
「今皆がバラバラに行動したら、どこに誰がいるのか分からなくなってしまうだろう? 僕が行ってくるよ」
「え? でも一人きりでか?」
「大丈夫、生徒会長をやってたお陰で、職員室の場所は把握してるんだ」
そういうことならばと、男子グループは自分たちの席に戻っていった。
「ポール、本当に大丈夫か?」
僕は尋ねた。自分でも意外なほど、固い口調になってしまっている。
しかしポールは特に意に介した様子もなく、
「二十分もすれば戻る。アルとレーナは、誰かが探索に出ようとしたら止めてやってくれ」
そう言って振り返る。その長身は、廊下を曲がってすぐに見えなくなった。そして、階段を下りていくトン、トンという音だけが響くようになり、それもまた聞こえなくなった。
「ポール、大丈夫かな……」
「大丈夫さ」
僕はそっとレーナに語りかけた。
「先生がいないのはハプニングだけど、生徒の中では誰もいなくなったりしないって」
とは言いつつも、僕もその言葉が、信憑性に欠けるものだと認めざるを得なかった。三年生は一クラス二十五人で、A組から僕らのいるG組まで七クラスある。一七五人のお守りはできない。
どのくらい時間が経っただろうか。僕は上履きをパタパタ鳴らしながら、階段に消えたポールの姿が再び現れるのを待っていた。
「ポール、本当に大丈夫?」
さすがに今になって同じことを問いかけられては、僕には何とも答えようがなかった。
せめてもと思い、僕はそっとレーナの肩に手を載せる。
その時だった。
タンタンタンタン、と、誰かが勢いよく階段を上がってくる音がした。
はっと顔を上げ、教室そばにある階段に目を凝らす。そこには、息を切らしながら駆け上がってきたポールの姿があった。。
「ポール!」
「クラスの皆は!? 全員いるか!?」
「あ、ああ。少なくともG組とF組くらいには目を配っていたけど、誰も飛び出したりはしてないよ」
「よかった」
と言いながら、ポールは僕を押しのけるようにして教室に入り、
「職員室に行ってきた! 先生たちは誰も、一人もいないぞ! 校門も窓も外側からロックされてる! 誰か外に連絡を入れてみてくれ!」
「なら俺が!」
ある男子生徒が携帯端末を取り出し、素早く操作。さっと耳に当てる。
「ッ!」
「どうだ!?」
クラス全員の視線が集中する中、彼は
「駄目だ」
と一言。
「どういうことだい?」
声をかけてきたポールに向かい、彼は
「外には全然通じない。ただ通じないだけじゃなくて、圏外なんだ」
「何だって?」
「そんな……!」
「私たち、どうなるのかしら……」
女子生徒が集まって、心配げな呟きを発する。口元を押さえたり、椅子にぺたんと座り込んでしまったりしている。
すると、まるで共振したかのように、絶望的な見方が広まり出した。
「お、おい、俺たち閉じ込められたってことか!?」
「ちょっと、どうしたらいいのよ!?」
「きっと何か、深刻なトラブルがあったんだ!! 僕たちも消されてしまう!!」
さきほどまでの疑念や不安は一転、パニックへと変貌した。
「皆落ち着いて! まだ何があったか分からないんだから――」
ポールが必死になだめるものの、誰も耳を貸さない。貸す余裕がない。
そのパニックの余波は、レーナにも及んだ。
「アル、一体何が起こってるの?」
ぎゅっと僕の制服の袖を掴んでくるレーナを、僕は見返すしかなかった。
『安心しろ』とも『大丈夫だ』とも声をかけられない自分が情けなく、僕は苛立ちを覚える。
ただでさえ非常事態で気が逆立っているというのに……!
その時だった。
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
「何だこれ!?」
キン、という鋭角的な音がして、鼓膜が痛いほどに震え始めた。その『音の振動』は、耳から頭蓋を突き破り、脳内にドリルのようにねじ込まれた。
「レーナ、大丈夫か!?」
するとレーナは、歯を食いしばりながらしゃがみ込んだ。さっと耳に手を当てる。しかし、それもあまり長続きはしなかった。膝を曲げた姿勢のまま、ばったりと倒れてしまったのだ。
「レーナ! レーナ!!」
誰か助けてくれ。僕じゃなくていい、レーナを――。
そう思って教室内を見渡すと、誰も彼もがその場で倒れ込んでいくところだった。
「おい、皆……」
と言った時、僕もまた意識が曖昧になってきた。
「レ……ナ……」
僕の身体は重力の為すままに壁に軽く打ちつけられ、そのままぺたりとへたり込んでしまった。
自分の手が、レーナの頬に伸ばされようとする。その手が脱力し、だらんとぶら下がったところで、僕の意識は切れた。
※
僕が意識を取り戻した時、まず真っ先に目に入ったのは、染み一つない白い壁だった。防弾・防火性に優れた最新の建築資材。それが、タイルのように正方形の区切りを入れられながら、目の前の上下左右にずっと続いている。
次に感覚が戻ってきたのは姿勢、それに手足だ。ゆったりとした背もたれの椅子に、半ば沈み込むようにして座っている。大きく、しかし無機質な肘掛けに両手が載せられ、手首が半円状の手錠で固定されている。
「んっ、何だこれ? くっ……」
僕は身体を捻じり、腕をがむしゃらに動かして脱出を図ったが、手錠や椅子はピクリともしない。一つだけ分かったのは、足は固定されていないということだ。
「何があったんだ……?」
皆が、教師の不在や校舎に監禁されたことでパニックに陥った。それから超音波のようなものに意識を蝕まれ、レーナが倒れて、僕も倒れた。そして気づいたら、身体の自由を奪われていた。分かっているのはこれだけだ。
「おーい、誰か!!」
僕は大声を張り上げた。
「誰かいませんか!? 腕のロックを外してください!!」
しかし、応答するものは誰もいない。
「くそっ!」
僕は上半身を乗り出し、思いっきり腰を捻りながら声を上げ続ける。
その時、僕の視界に恐ろしい光景が飛び込んできた。
椅子は、僕が座っているこの一脚だけではなかった。左右を見渡せば、その椅子と思しきものが、ずっと続いているのだ。
これでようやく、僕は、自分がどんなものに座らされているのかを把握できた。
隣の椅子には、手首を固定された『誰か』がいた。深く座らされているせいで誰が座っているのかまでは分からなかったが、椅子の外観はきっと僕と同じだろう。
まじまじと観察すると、当然ながらこれはただの椅子ではなかった。肘掛けは紺色で背もたれは薄い灰色。それに、僕らの頭上を覆うように、肘掛けと同じ紺色のパーツが取りつけられている。ヘッドギアでも内蔵されているのだろうか。
と、その時だった。
反対側で、誰かの気配がした。急いで振り返ると、顔は見えなかったが、手錠で固定された手首、その先の手の甲に黒いほくろが見えた。
そこに座っているのは、僕のよく知る『彼』かもしれない。
「ポール? ポールなのか!?」
微かに聞こえる呻き声。すると、はっとその人物は気がついたようで、返事を寄越した。
「その声……アルか!?」
「そうだ、アルフレッドだ! ポール、君は無事か!?」
「ああ。痛いところは全くないけど……拘束されている」
「僕もだ。これは一体、何が起こったんだ?」
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