第3話
「ハヤテ、お前は覚えているか?14年前に非常に友好関係にあった国、国交が途絶え、消えた国があった事を。」
「……ベイクライド王国ですね。まだ私がハナ位の年の頃だったかと。」
「朝霧、いや、ヴェロニカ。生きていたのか。」
どうやらこの国と私の故郷は、友好関係にあったらしい。そうか、まだ、覚えていてくれている人がいたのか。
世界から消えて、名前も捨てて、全てを失った私にとっては、それは小さな光にも似た、希望だった。
「まさか、覚えている人がまだいたなんて驚きです。今は朝霧、昔の名は、ヴェロニカ・フィーネ・ベイクラー。死んだ、王女ですよ。国王、よく気付きましたね。」
「幼い頃から、変わらんその顔を忘れるものか。母君に似て、芯の強い顔つきをしている。お前こそ、私の顔を忘れたか。」
「申し訳ない事に、国が滅んでから生きる事に必死で。昔の事はよく覚えていないんですよ。国が滅んだ理由も、忘れた。ヴェロニカの名も、捨てたんです。もう、私はヴェロニカじゃない。ヴェロニカは、死んだんですよ。生き延びていちゃいけないんです。だから、名を捨て国を捨て、私は今日まで朝霧として生きてきました。これからも、朝霧として、ハナの側でハナをお守り致します。」
国王は、そうか、と一言呟いて、私がハナの側近になる事を認めてくれた。
「これも縁だ。お前の両親は、本当に心が豊かな人間だった。きっと、巡り合わせてくれたのかもしれないな。」
「きっと生き方が違っていたら、覚えていたんでしょうね……両親の顔も、国王の事も。」
「生き延びて、こうしてまた出会えた事が嬉しい。この城に仕え、ハナを守ってくれ。朝霧。」
「承知しました。」
それまで黙って聞いていた第一王子が、ふわりと微笑んで。
「ハナに伝えるかどうかは、お任せします。ただ、今はまだ言わなくても良いのではないかと思いますが。」
「適当に誤魔化します。知られたい訳じゃないので。」
ハナは、きっと愛されている。国王も、第一王子も、ハナが明るくて活発で、周りに心配ばかりかけているみたいだけど、愛しくて仕方ない、そんな顔をしている。
二人の前で片膝をついて、誠意を表す。
「朝霧、本日よりハナ王子の側近としてこの身を以てお守り致します。よろしくお願い申し上げます。」
「頼みますね、あの子はまだ、汚れを知らぬ子供です。とても優しく、時に鋭い。」
国王と第一王子に一礼してから部屋を出て、ふと窓の外に目を向ける。この国では仕事はした事が無かった。それは幸いだ。汚れ仕事の一つでもしていたら、城で働くことなんて出来なかっただろうから。
「あーさーぎーりー!!」
「ハナ、待たせたな。」
「朝霧の部屋を用意して待ってたから大丈夫!……ナイショの話は終わった?」
「ナイショじゃないよ。私に似た人を昔見た事があって、母の名はヴェロニカじゃないかって聞かれてさ。残念な事に、私は野良になる前の記憶があやふやだから、覚えていないんだ。国王は残念そうな顔をしていたよ。」
「なーんだ、そっか!ならいいや。行こう朝霧!」
ハナ。お前はまだ知らなくていい。
醜い争いの果てに消えた国があった事。その亡国で生き延びてしまった私。そんな事、お前はまだ、知らなくていい。汚れを知らぬ、清い少年のままでいてほしい。その屈託のない笑顔を、私は守ろう。
「朝霧、俺は、きっとすごく手のかかる王子だと思うんだ。」
「森で遭難するくらいだからな。」
「だから……俺の事、見捨てないで。」
誰か、過去に彼を見捨てたのだろうか。何故、そんな事を言い出すのだろうか。側近なら、どんな王子でも守り通さなければならないだろう。私は金につられてなったけど、与えられた仕事はしっかりとこなすタイプだ。
「金に見合う仕事をしてみせるよ。さ、私の部屋はどこだ?こんな広い所で生活するのは初めてなんだ。」
ハナはふんわりと微笑んで、こっち!と手を引いて廊下を走り出した。
私がハナ位の時にはもう野良だったし、守りたいものも守るべきものも、無かった。無くなった国を復活させようとも思った事は無い。力無き国が滅びた、それだけの事なのだから。
不思議な気持ちだ。ハナを見ていると、これから楽しいのかもしれないとか、笑って過ごせるんだろうなとか。そんな事を考えている自分がいる。
今日生きる事で必死だったのに、明日の事を考えている。きっとそれは、ハナが私に与えてくれた最初の希望なのかもしれない。
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