第4話

幼い頃の夢を見た。


ベイクライドは唯一の魔法国家だった。戦力としての使用を禁じ、生活補助としての魔法だけが残った、古い国だった。優しい国だったんだ。

だけど、裏切り者が国内中で反乱を起こして禁じられた魔法で村や町を焼き尽くした。

父様は、消滅魔法を発動させて国から魔法をすべて消した。魔法が生きていた国はベイクライドだけだった。


ベイクライドは、魔法で守られ作られていた、酷く脆い国だった。鉱物資源が豊富だった為に、魔法が消えた途端隣国から攻め込まれ、そして、王家は滅んだ。


ベイクライドの血を絶やすな、生き延びて再起を待て、そう父様は私に告げて、隠し通路から地下水路に私を逃がし、城の崩落が落ち着いた頃を見計らって、私は逃げた。


もう、ここには帰らない。理不尽と不条理に祖国を亡くし、全てを失い、だけど生き延びてしまって。

どうやって生きていけばいいのか。生きる為には何が必要なのか。


いくつもの森を抜け山を越えて、私は悟った。力だ。圧倒的な力の前に、人はひれ伏す。圧倒的な力の前に、人は絶望する。ならばその力を手に入れよう。強くならなければ、生きていけないのだ。


山で拾った剣を、何度も振りかざして。振り回して。狩りをして。怪我もしたけど力を得る為なら気にならなかった。


『強くなりたいのか?』


彼は、私にそう問うた。


『生きていく強さが欲しい。』


10歳程の少女は、迷いのない瞳で彼を見つめた。彼は師匠になり、私に野良の全てを叩き込んだ。


『許せ。全てを。許せば救われる事がある。それが出来ないのなら、恨め。死に絶えるまで恨み続けろ。それはお前を蝕む凶器にもなる。』


私は許しもしないし恨みもしない、全てを捨てると、そう答えた。無くなったものは、もう取り戻せない。国を再起させることなんて、私にはできやしないし、したいとも思わない。そういう運命だったんだと。


『お前に名を与えよう。朝霧だ。朝霧。お前は朝の霧の様に、捕まえる事の出来ない自由な存在だ。』


あの日から、私は朝霧として生きてきた。全てを捨てて、私は、ただ一人、生きてきた。寂しさが襲ってきても一人で耐えてきた。自由と孤独は、私を包んで私を強くした。



「朝霧、起きな。そろそろ朝食だよ。」


カナデが部屋のドアの向こうから私を起こした。ああ、なんて懐かしい、苦しい夢を見ていたんだろう。


「おはよう。ありがとう、着替えたら行く。」


覚えていない、なんて半分嘘なんだ。

本当は沢山、覚えている事もある。

両親の顔や街並みも、ぼんやりとだけど覚えている。

だけど、日々薄れていって、気付けば全てぼんやりとしか思い出せなくなっていることも、事実だ。

それが、忘れるということなのか、捨てると決めた代償なのか。



「おはよう朝霧!」


「おはよう、ハナ。元気だねぇ。」


ハナは、まるで本当の大輪の花のように、可愛らしく美しい笑顔を私に向ける。


「側近の仕事も色々あるんだけど……とりあえず力量知りたいから、零々と手合わせしてみて?」


「分かった。手加減はしないぞ。」


「女相手だからと言ってこちらも手を抜かんぞ。」


零々は多分、剣なら互角か勝てるかもしれない。体術は力の差があるからな、と冷静に考えていたら、カナデがくすくす笑い出した。


「多分、この中で一番強いのは零々だけど、朝霧も引けを取らないと思うよ、そんな睨みあわなくてもいいのに。」


敵じゃないのよ、とカナデはまた笑った。それもそうか。私は零々を見て、「まずは飯を食わせてくれ。」と言うと、零々も苦笑いをしてそうだな、と言った。


久しぶりに、まともな朝食というものを摂る事に気付いた私は、ぱくぱくと目の前の食べ物を口に運ぶ。


「朝霧、お腹減ってたの?」


ハナが不思議そうな目で私を見つめていたが、「こんな豪華な朝飯は久しぶりだ」と言うと、どこか嬉しそうだった。

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