119

 顔をジャバジャバ洗い、猫みたいに顔をゴシゴシ拭いた。鏡に映る私は、昨日までの私と何も変わらない。


 朝ご飯を食べて恵太の家に向かった。

 昨日のキスも、夢だったのかな。


 夢でないなら……

 恵太に逢うのは恥ずかしい。


 恵太の家の前には引っ越し業者のトラックが止まっていた。カンジや宏一が連絡したのか、高校や大学の友達も見送りに来ていた。


「優香!来てくれたんだ!かめなし、お前も来てくれたのか。最後に俺が抱いてやるよ」


 恵太がかめなしさんを抱こうと手を出し、鋭い爪で引っ掛かれた。


「フゥー!ギャッ!!」


 かめなしさんは完全に拒否。私はその様子を見て苦笑い。人の姿をしたかめなしさんなら、きっと『俺は男が嫌いなんだよっ!』って、言ってるはずだ。


「ていうか、最後の最後で引っかかなくてもよくね?かめなし、またな。いつか必ず、お前を抱いてやるからな」


 周囲にいた者達から、笑いがおきる。


 恵太は学生時代人気者だったからね。癒し系で友達思いで、ヘタレだけどみんなに優しくて。男子からも女子からも好かれていた。


 男子が恵太を揉みくちゃにし、大騒ぎしてる。


 ――私……


 恵太に……


 近付けないよ。


 みんなに囲まれて笑っている恵太。


 すごく……キラキラして……

 眩しかった。


 トラックへの、荷物の積み込みが完了した。東京駅に向かうため、恵太の両親と弟、そして最後に恵太がタクシーに乗り込む。


 タクシーの窓を開けて、恵太が私を見つめた。みんなの後ろにいた私を、美子が前に押し出す。


「優香……またな……」


「うん……恵太……またね」


 私は泣きたいのを我慢して、笑顔でこたえた。美子は私の隣で号泣している。


「恵太……またね」


「ああ、美子も草野と上手くやれよ」


「うん……。言われなくてもわかってる。恵太の夢、叶えばいいね。採用試験頑張ってね」


「ありがとう美子」


 恵太はみんなの顔を見渡し、大きな声で最後の挨拶をした。


「みんな!本当にありがとう。大阪に遊びに来いよ!」


 車から身を乗り出し、みんなに大きく手を振った。


「おおー!恵太!また東京に来いよ!絶対だぞ!」


 友達の大きな声が、静かな住宅街に響いた。


 タクシーの窓が、スーッと閉まった。


 まるで……

 永遠の別れみたいに……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る