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 ――翌朝……


「優香、早く起きなさい!恵ちゃんちに行くんでしょう。引っ越し業者もう来てるのよ」


 階下から、母の大きな声が響く。


「うわっ!かめなしさん、どうして起こしてくれなかったのよ」


 ベッドの中で室内をキョロキョロ見渡すが、かめなしさんは何処にもいない。


 私は慌てて飛び起き、パジャマを脱ぎ捨て急いで着替えた。鏡の前で髪をとかし部屋を飛び出す。


 階段に差し掛かった時、私の不注意でそこに寝ていたかめなしさんの足を踏んづけてしまった。かめなしさんは悲鳴を上げ、勢いよく飛び上がる。


 私は飛び上がったかめなしさんを避けようとして、思わずジャンプした。


 ――ここが、階段の踊り場だということを、完全に忘れて……。


 まるで、走り高跳びの選手のような綺麗なフォームで、私は再び階段から転げ落ちた。


「うわっ、わっ、わっ、ぎゃあーっ!」


『うわっ、わっ、よせっ!優香!落ちるぅ!俺を巻き込むな!助けてえー!』


 ――ドドドドドドッ…ドタッ


 着地に大失敗した私は、フローリングの床に顔面から落下し、額を強打し鼻先を擦り剥いた。


 もちろんかめなしさんも、一緒に落下した。


「やだ、優香!?大丈夫……?」


 母が慌てて飛んできたが、何故か笑いを堪えている。年頃の娘が階段から落ち、女の命ともいえる顔面を強打し、鼻先を赤くしているのに、笑ってるなんて信じらんない。


「いたた……。たぶん大丈夫」


「本当にそそっかしいんだから……。これで二度目だよ。もう気をつけてよ。ぷぷ、赤鼻のピエロみたいね」


 あ、赤鼻のピエロとはなによ。

 私は花も恥じらう乙女だ。


「かめなしさんを避けようとして、階段で足を踏み外したんだってば」


「もうどうでもいいから、さっさと朝ご飯食べてよね」


 どうでもいいって、

 どうでもいいって、

 失礼しちゃうな。


 ――ていうか……

 以前も、同じことがあったっけ……。


 母に叱られ、思わずかめなしさんを睨みつける。


 さすが猫。

 あの高さから転がり落ちたのに、怪我もせず平気な顔を……顔を!?


 へっ……かお……!?


「にゃー」


 ――そこにいたのは……

 白と茶の毛色をした一匹の猫だった。


 周囲を見渡すが、一緒に落下したかめなしさんの姿はない。


「かめなしさん?かめなしさんどこに行ったの?」

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