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 かめなしさんは階段の下で、頬を赤らめている。


 猫って、思っていた以上に純情なんだね。でも、可愛い。


 部屋に入り、窓の外を見る。

 恵太の家では、引っ越しの荷造りのため、人の出入りが絶えない。


 ――明日で恵太とお別れなんだね。


 『さよなら』のキスなんて、恵太……ずるいよ。


 恵太に逢えないなんて……。


 恵太がこの街にもういないなんて……。


 寂しくて……堪らない。


『優香、恵太が引っ越すことがそんなに悲しいのか?』


 かめなしさんが私の肩を抱いた。


「だって、幼稚園の頃からずっと一緒だったんだよ。恵太がいなくなるんだから、寂しいに決まってる」


『矢吹と別れた時よりも寂しいのか?』


「矢吹君とは違う……。恵太は兄弟みたいな身近な存在だから」


『俺が突然消えたら、優香は寂しい?』


「かめなしさんが?やだ、またプチ家出するつもり?これ以上、誰かがいなくなるのは耐えられないよ。お願いだから……私の傍にいて……。一人にしないで……」


『俺はずっと優香の傍にいるよ。どこにも行かない。例え処罰されても、ずっとここにいる』


「……処罰される?一体、何のこと?」


『人間と猫の禁断の愛は、国王に許されないってことだよ』


 国王?猫の国の国王?

 そんなのあるわけない。


 かめなしさんは笑いながら私を抱き締めた。その温もりに思わず身を委ねる。


「……あったかいね」


 かめなしさんは、体も心も温かい。

 かめなしさんが人間に見えなければ、かめなしさんと話が出来なければ、かめなしさんの想いや優しさを理解することはなかっただろう。


 かめなしさんは、私の大切な家族だ。


「ずっと……一緒にいてね」


『当たり前だろ』


 その日、一晩中かめなしさんと一緒に過ごした。一人きりになるのが寂しかったから。


 かめなしさんは『生涯の友は、大切にしろよ』と言った。その言葉に説得力があり、猫にも友達がいるのかなと、ふと感じた。


『優香は、異世界とか異次元とか信じる?』


「異世界?信じていなかったけど、今は信じるよ。だって、飼い猫が人間に見えるんだもの。摩訶不思議なことって、あるんだよね」


『優香は特別なんだ。きっと生まれつき特殊能力が備わっていたんだ。神に選ばれし者に違いない』


「私が?まさか」


『地球以外に異世界があったら、転移したいと思う?』


「うふふ、猫の国に?コミック雑誌じゃないんだから、猫の国なんてあり得ないよ。かめなしさんみたいに動物が人間みたいに二足歩行したり、ペラペラ人間の言葉を話す国には住みたくないし。私はこの地球が好きなの。だって、人間だもの」


『……そうだよな』


 かめなしさんはちょっと寂しそうな眼差しで、遠くを見つめた。それが何を意味しているのか、私には理解できなかった。

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