116
かめなしさんは階段の下で、頬を赤らめている。
猫って、思っていた以上に純情なんだね。でも、可愛い。
部屋に入り、窓の外を見る。
恵太の家では、引っ越しの荷造りのため、人の出入りが絶えない。
――明日で恵太とお別れなんだね。
『さよなら』のキスなんて、恵太……ずるいよ。
恵太に逢えないなんて……。
恵太がこの街にもういないなんて……。
寂しくて……堪らない。
『優香、恵太が引っ越すことがそんなに悲しいのか?』
かめなしさんが私の肩を抱いた。
「だって、幼稚園の頃からずっと一緒だったんだよ。恵太がいなくなるんだから、寂しいに決まってる」
『矢吹と別れた時よりも寂しいのか?』
「矢吹君とは違う……。恵太は兄弟みたいな身近な存在だから」
『俺が突然消えたら、優香は寂しい?』
「かめなしさんが?やだ、またプチ家出するつもり?これ以上、誰かがいなくなるのは耐えられないよ。お願いだから……私の傍にいて……。一人にしないで……」
『俺はずっと優香の傍にいるよ。どこにも行かない。例え処罰されても、ずっとここにいる』
「……処罰される?一体、何のこと?」
『人間と猫の禁断の愛は、国王に許されないってことだよ』
国王?猫の国の国王?
そんなのあるわけない。
かめなしさんは笑いながら私を抱き締めた。その温もりに思わず身を委ねる。
「……あったかいね」
かめなしさんは、体も心も温かい。
かめなしさんが人間に見えなければ、かめなしさんと話が出来なければ、かめなしさんの想いや優しさを理解することはなかっただろう。
かめなしさんは、私の大切な家族だ。
「ずっと……一緒にいてね」
『当たり前だろ』
その日、一晩中かめなしさんと一緒に過ごした。一人きりになるのが寂しかったから。
かめなしさんは『生涯の友は、大切にしろよ』と言った。その言葉に説得力があり、猫にも友達がいるのかなと、ふと感じた。
『優香は、異世界とか異次元とか信じる?』
「異世界?信じていなかったけど、今は信じるよ。だって、飼い猫が人間に見えるんだもの。摩訶不思議なことって、あるんだよね」
『優香は特別なんだ。きっと生まれつき特殊能力が備わっていたんだ。神に選ばれし者に違いない』
「私が?まさか」
『地球以外に異世界があったら、転移したいと思う?』
「うふふ、猫の国に?コミック雑誌じゃないんだから、猫の国なんてあり得ないよ。かめなしさんみたいに動物が人間みたいに二足歩行したり、ペラペラ人間の言葉を話す国には住みたくないし。私はこの地球が好きなの。だって、人間だもの」
『……そうだよな』
かめなしさんはちょっと寂しそうな眼差しで、遠くを見つめた。それが何を意味しているのか、私には理解できなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます