114

「これで、大阪に行っても頑張れる。ありがとう」


 恵太は私に右手を差し出した。


「えっ?何?」


「握手だよ」


「やだよ……」


「なんでだよ?」


「だって……誰かに……見られたら」


「は?この部屋、二人きりなんだけど」


 恵太は私の手を掴むと、ニカッと笑った。


 恵太と手を繋ぐなんて、恥ずかしいよ。


 握手しているだけなのに、ドキドキしてきた。


「……ったく、そんなに真っ赤になったら、俺まで恥ずかしくなるだろ」


 恵太は私と手を繋いだまま、部屋を出る。


「家まで送る」


「送るって……五軒先だよ……」


「そうだよ。五軒先まで送る」


 恵太はまたニカッて笑った。

 白い歯がやけに眩しい。


 手を繋いで歩くなんて、幼稚園以来かも。恵太に『あっかんべー』したなんて、幼稚園の頃、マイブームだったのかな。


 恥ずかしいけど……

 懐かしい。


 恵太の家から僅か数分で家の前。

 玄関の前にはかめなしさんが座っていた。


『うわっ……わっ……わっ……!?し、信じらんねぇー!なにやってんだよ!?優香、矢吹に振られて、血迷ったか!?』


 かめなしさんは頭を抱え『からすに油揚げをさらわれるとは想定外だ!』と、叫んだ。


 諺、知ってるんだ。

 猫なのに、凄いな。

 でもからすって、とんびの間違いだよね。

 烏が恵太なら、油揚げが私?

 私、干物から油揚げに格上げしたの?全然嬉しくない。


『何でコイツに獣耳が!?何で、コイツと手を繋いでんだよ!お前、獣族だったのか!』


 意味不明な言葉を発し、かめなしさんは『フーッ!』と唸ると、戦闘体勢に入った。四つん這いで体を伏せ、お尻をフリフリ振っている。


 猫ならば、その体勢も見慣れているが、今のかめなしさんは人間だ。その体勢は、かなりアブナイ人に見える。


「かめなしさん!何やってるの」


『よりによって、何でヘタレの恵太なんだよ!俺が……日本に残った意味がないだろう』


「……日本に残った意味?」


 かめなしさんは慌てて口を押さえ、プイッと背を向け家の中に入った。


 今のは、どういうこと?


「かめなしは相変わらずだな。短気だし、喧嘩っ早いし。もし人間だったら、ヤンキーだな」


「……ヤンキー?まさか。かめなしさんイケメンだし、ああ見えて優しい時もあるんだよ」


「かめなしがイケメン?確かに他の猫と比べたら、イケメン猫だけど。優しいって、どこが?いつもフーフー唸ってんじゃん」


「かめなしさんの悪口言わないで。私には大切な人なんだから……」


「かめなしは猫だよ?向きになるなんて、変だよ」


 そうだよね。

 私、変だよね。


 かめなしさんは、猫なのに……。


「恵太、明日は何時に出発するの?」


「引越しセンターが、朝十時に家の前に来るんだ」


「分かった。見送りに行くね」


「うん、待ってる。たまにはLINEしてくれよな」


「わかった。毎日LINEするね」


 別れ際、突風が吹き、前髪がサラサラと揺れる。髪の毛に気を取られていると、恵太が私の額に、チュッってキスをした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る