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「でも……仕方がないよね。……あんな風にされると、誰だって泣いちゃうよね」


「へっ……?」


「昨日、うっかり忘れ物をして、家に引き返す途中で……見ちゃった。ていうか、住宅街の公道だもの、見えちゃうよ」


「はっ……?」


 私は……美子の言葉に焦りを隠せない。


 見ちゃったって、キ、キ、キスを!?


 美子に見られていたなんて、最悪だ。

 穴があったら入りたい。


 美子だけじゃない。

 近隣の住人に見られたかも……。


 近所のおばさんが、母に告げ口するかもしれない。


 全身に火が点いたみたいに、カーッと熱を帯びる。羞恥心から火だるまとなり、燃え尽きる寸前だ。


 美子はニヤリと口角を引き上げた。


「まるで……映画のワンシーンみたいだったよ。矢吹君はやっぱカッコイイね。優香は泣きじゃくるばかりで、酷かったけど。うふふ、あれは酷い。うふふっ」


 美子は楽しそうにクスクスと笑う。

 寂しい気持ちで心が埋め尽くされていたのに、美子の笑顔を見ていると霧が晴れるように、心が晴れる。


「な……なによ。そんなことを言うためにわざわざ寄ったの」


「うん。昨日はきっと一晩中泣いたんだろうなって思ったから、電話は遠慮したの。その顔を見れば一目瞭然だけど」


 私は恥ずかしくて、顔を両手で隠す。


「矢吹君はやっぱり優香のことが好きだったんだね。よかったね、優香」


「……矢吹君はロスに行くって。私に『さよなら』を言いに来たの。でも『必ずまた逢いに来る』って」


「……そっか。やっぱり行っちゃったんだ。でもあのまま喧嘩別れするよりいいよ。想い出は綺麗なまま優香の心に残るでしょう。いけない、遅刻しちゃう。優香、またLINEするね。行ってきます!」


「美子ありがとう。行ってらっしゃい」


 矢吹君に嫌われたと思っていたのに、突然現れて、情熱的なキスをされ……。


 私の心は……

 矢吹君に翻弄されている。


 綺麗な想い出なんていらない。

 矢吹君にしてみたら、泣き顔の私なんか見たくなかったかもしれない。


 矢吹君は別れのキスのつもりで、私にあんなキスをしたのかもしれない……。


 きっと……そうに違いない。


 でもね、矢吹君。

 あのキスは逆効果だったよ。


 もう二度と逢えないとしても……

 あのキスは私の心の奥底に、矢吹君を深く刻み付けた。


 想い出になんて……

 出来ないんだから。

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