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矢吹君の……唇が……
私から……離れた。
「また……泣いてる」
矢吹君はもう一度私を強く抱き締めた。
「優香……元気でな。どれくらいの時間が掛かるかわからないけど、ちゃんとケジメをつけてまた逢いに来るよ。俺、やっぱり……優香のことが好きだから」
矢吹君に初めて名前を呼ばれた……。
ケジメって、何のこと……?
本当に……また逢いに来てくれるの?
私のことが好きって、本当なの?
聞きたいことはたくさんあるのに、感情に押し潰され言葉が出て来ない。
矢吹君は大きな手で私の頭をクシャって撫でた。
抱き締めていた手を解き、運転席のドアを開け車に乗り込む。エンジンを掛け、ハンドルを握った。
――矢吹君……
本当に行ってしまうんだね……。
だったら……
どうしてそんなこと言うの……?
どうして私にキスをしたの……?
「い……嫌だ……。行かないで……」
泣きながら、声を絞り出す。
矢吹君は、私に視線を向け優しい笑みを浮かべた。
サイドミラーにかめなしさんの姿が映っている。矢吹君はミラー越しにかめなしさんを見つめた。
「またここに戻って来たのか……。それがお前の答えなんだな」
「……えっ?」
独り言のように呟いた矢吹君。
かめなしさんは矢吹君を睨み付けるように、視線を向けたままだ。
「優香、さよなら。必ず、逢いに来るよ。じゃあな」
「……矢吹君。私……待てないよ」
矢吹君は笑みを浮かべたまま、車を発信させた。
矢吹君……
私をおいて行かないでよ……。
その場に泣き崩れた私を、かめなしさんが抱き留めた。
『優香、顔グショグショだよ。早く家に入ろう。こんなところをママに見られたらどうするんだよ』
私はかめなしさんに抱きかかえられ、玄関に入る。
玄関に座り込み、かめなしさんを抱き締め、わんわん声を上げて泣いた。
『うわっ!優香、抱きしめてくれるのは嬉しいけど、く……苦しい!い、息ができないよ。力が強すぎて、骨が折れちゃうってば』
一生分の涙を流したんじゃないかって、思えるほど、私はかめなしさんに抱き着いて泣いた……。
体の水分が全部出て、本当に干物になりそうだ。
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