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 ――携帯電話の画面には『矢吹君』の文字……。


「……矢吹君」


『上原、久しぶりだね』


 電話に出ると、矢吹君の優しい声。

 どうしてそんなに落ち着いてるの。


 どうして……。


『最後に、上原の声が聞きたくて……。ごめん、迷惑だったかな』


「迷惑なんかじゃない。本当にロスに行くの……?」


『……ああ、本当だよ』


 電話口で泣きじゃくる私に、矢吹君は冷静に話し掛ける。


『泣くなよ』


「ふえっふえっ……」


『泣くなってば』


 矢吹君、ずっと声が聞きたかったんだよ。

 ずっと話がしたかったんだよ……。


 泣くなと言われても、無理。


『中原はいい奴だ。アイツなら上原を大切にしてくれる』


「……どうして、そんなこと言うの」


『俺達は付き合うことは出来ない。俺には恋人がいるって話しただろう。俺のことはもう忘れてくれ』


「嘘つき。凪さんと逢ったんだから。凪さんは女性じゃない。男性だってこと、わかってるんだからね」


『……えっ?……凪のやつ。どうして上原のところへ……』


「セガ君から矢吹君の新しい携帯電話の番号を教えてもらったんだから。かめなしさんが食べちゃったけど。嘘ついてもわかってるんだからね」


『アイツら、何やってんだよ』


 矢吹君は何故か憤慨している。

 アイツらって、凪とセガのことかな。


「私に……逢わないで行くの」


『逢わないで行くよ』


 どうして、そんなに意地悪なの。

 そんなこと言ったら、私がわんわん泣いちゃうこと知ってるくせに。


 泣かせるために、電話してきたとしか思えない。


「ふえーーん」


 携帯電話を耳に当てたまま、子供みたいに泣きじゃくるが、どうすることも出来ない。


 携帯電話にスルスルと入り込み、電波に乗って矢吹君の元に飛んで行きたいくらいだ。


 かめなしさんが何かを察し、出窓に近付き窓の下を見ている。


 何かを見つけたのか、『チッ』と小さく舌打ちをした。

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