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「私、矢吹君がそんな酷い人には見えなかったもの。矢吹君は真っ直ぐ優香のことだけを見ていた。何か理由があって、ロスに行かなければいけなくなり、優香を悲しませたくなくて、嫌われるためにわざとそんな振る舞いをしたのだとしたら……」


「……嫌われるために?」


「うん。それを知った凪さんやセガ君が、優香に矢吹君の本当の気持ちを伝えに来たんだよ」


「……でも、もう連絡出来ないよ。だってかめなしさんが食べたんだから」


 美子はクスリと笑う。


「だからかめなしさんに、冷たく当たってたの?猫に当たっても仕方がないよ。矢吹君が優香と同じ想いなら、きっと連絡してくるはず。優香の携帯電話は変わってないんだから」


「……美子」


 美子に話を聞いてもらったことで、胸のモヤモヤが少しだけ晴れた。


 もしも……

 矢吹君が私と同じ想いなら……。


 ロスに旅立つ前に……

 きっと連絡してくれると信じて。


 ――五月一日。美子初出勤。

 一ヶ月の研修を終え、セルシアナ銀行新宿支店に配属された美子は、今日から支店で仕事開始。凛としたスーツ姿は、もう誰が見ても立派な社会人。


 朝日を浴びてキラキラしている美子を部屋の窓から見送り、パソコンを立ち上げる。


 いつまでも、こんなことはしていられない。


 私も美子みたいに社会人になって、矢吹君に大人の女性として認めてもらうんだ。


 やりたいことが定まらなかった私だけど。

 

 やりたいことが、ひとつだけ見つかった。


 これからは色んな職種にエントリーするのではなく、自分が希望する職種に的を絞ってチャレンジすると決めた。


『優香、随分張り切ってるな。就活再開したんだ。女子トークで復活したのか。それとも美子に影響されたのか』


「うん。もうイジイジするのはやめたんだ。私ね、やりたいことが見つかったの。もう迷わない」


『何だよソレ?』


「かめなしさんには、教えないよ」


『ちぇっ、意地悪だな』


 机の上に置いた携帯電話が、ブーブーと音を鳴らす。


 ――ふと、視線を向けると……


 そこには……。



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