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 ◇


 あれから二週間、四月も今日で終わる。

 矢吹君の電話番号が書かれたメモ用紙は、かめなしさんの胃袋で消化され、連絡出来ないまま私の失恋は確定した。


 悲しいことばかりではない。嬉しいこともあった。銀行の研修所にカンヅメになっていた美子がやっと家に戻った。この一ヶ月で、美子は一回りも二回りも成長した気がする。


 学生気分が抜けない私と、同じ年齢とは思えない。


 帰宅した美子は、疲れているにも拘わらず、夜、家に遊びに来てくれた。かめなしさんも美子にハグされヘラヘラと笑いながら目尻を下げる。


 かめなしさんが猫だと思っている美子は、ほっぺにチューされてもニコニコ笑っている。


 これは明らかにセクハラだよね。

 中身は猫の着ぐるみを被った狼なんだから。


「かめなしさん、美子と大切な話があるから。二人きりにして」


『マジかよ。俺だって、美子と再会を喜びたいのに』


「女子トークに猫は不要なの。じゃあね」


 かめなしさんを部屋から追い出し、ドアをバタンと閉めた。


「優香?かめなしさんが別にいても構わないでしょう?」


「ダメダメ、かめなしさんは全部聞いてるんだから」


「猫だよ。聞いてもわかんないでしょう」


「美子は甘いな。かめなしさんは全部わかってるんだから。もうハグしたりキスしたりするのもやめたほうがいいよ。本性見たら卒倒しちゃうんだからね」


 美子はクスクス笑いながら、私を見ている。


「一ヶ月逢わない内に、優香の天然、パワーアップしたね」


 天然がパワーアップだなんて。

 酷いな。女子力がダダ下がりなのに天然がパワーアップしても、全然嬉しくないよ。


「まだニートだから。成長してないっていいたいんでしょう」


「ごめん。そんなつもりじゃないよ」


 わかってる。

 美子はそんな子じゃないってこと。


 イジケてるのは、私だ。


「私……。優香に報告があるの」


「報告?」


「実はね。彼氏が出来ました」


「……か、彼氏!?」


 美子の爆弾発言に、私は驚いている。


 だって、美子は恵太一筋で……。

 幼稚園の時から、ずっと恵太のことが好きだったんだから。


 恵太に失恋して、僅か一ヶ月で彼氏が出来るなんて青天の霹靂だ。


「それ、ジョーダンとか、ヤケになってるとかじゃないよね?」


「やだ。そんなにバカじゃないよ。同じ高校の草野剛くさのつよし君。実はね、高校の時に告白されたことがあるんだ」


「あの草野君?マジで?」


「高校の時は『付き合えない』って、断ったんだけど。英会話教室で偶然再会したの」


「……嘘!?」




 






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