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 退院したばかりの彼女を気遣い、庭のベンチに座るように勧めるが、彼女は首を横に振り微笑んだ。


「どうしてここに……?」


「猫に導かれて」


「ね、猫!?かめなしさんですか?」


「かめなしさんって、呼ばれてるんだね」


 彼女の口調は、まるでかめなしさんを知っているかのようだった。


「タカとあなたは付き合ってたんでしょう?」


「……い、いえ、友達だっただけで、付き合ってはいません」


 彼女が昏睡状態だった時に、矢吹君と付き合っていたとは言えない。矢吹君の浮気を認めれば、彼女がどれだけ傷付くか……。


「あなたもタカも嘘が下手ね。好きなら好きって、正直に言えばいいのに」


「……矢吹君は私のことなんて好きではありません。私が……あなたに似ていたから。あなたが……昏睡状態だったから、寂しかったんだと思います」


 そうだよ。

 矢吹君は寂しさを埋めるために、私と付き合っていただけ。


 彼女は私を見つめ、溜息をはいた。


「あなたって、本当にお人好しね。よく聞いて、タカは暫く日本を離れることになったの。意地を張ってると後悔するよ。それだけ伝えに来たの」


「……後悔って、私が矢吹君に振られたのよ。どうしてそんなこと言うの?あなたは矢吹君の恋人でしょう……」


 突然彼女が血相を変え、プンプン怒り始めた。


「恋人だって?タカがそんなことを言ったの?どうしてがタカの恋人なんだよ。僕は女子によく間違えられるけど、れっきとした男子だ。タカと僕はそんな関係じゃないからね」


 ぼ、僕……!?


 えっ?意味がわからない?

 彼女が、だ、だ、男性?


 う、嘘だよ。だって、私にそっくりだし。体形も華奢だし、口調も女性っぽい。


「あなたは僕にそっくりだけど、随分そそっかしいみたいだね。タカがあなたに嫌われるために、そんな嘘をつくなんて。昏睡状態の僕を利用するなんて、本当に狡い男だ」


「……あの。あなたは……」


 もしかしたら、体は女性だけど、心は男性なのかな?


「勘違いしてない?僕は女装癖でもオネエでも性同一性障害でもないから。僕のはみんな女性的なんだよ」


 種族って……?

 私にそっくりだけど、日本人じゃないのかな?


 母がかめなしさんを抱えて、浴室から出て来た。かめなしさんの髪をタオルでゴシゴシ拭いている。


「優香、誰と話してるの?美子ちゃん?」


「……えっと、あれ?ママ、私にそっくりな男の人が……」


「優香にそっくりな男の人?やだ、変な子ね。誰もいないじゃない。陽も暮れたし、家に入りなさい」


 庭にも、門の周辺にも、歩道にも凪の姿はなかった。


 私……

 白昼夢を見たのかな。


 そうだよね。

 昏睡状態から目覚めたばかりの凪が、ここに来れるはずはないんだ。


 でも、とってもリアルだった……。

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