87
退院したばかりの彼女を気遣い、庭のベンチに座るように勧めるが、彼女は首を横に振り微笑んだ。
「どうしてここに……?」
「猫に導かれて」
「ね、猫!?かめなしさんですか?」
「かめなしさんって、呼ばれてるんだね」
彼女の口調は、まるでかめなしさんを知っているかのようだった。
「タカとあなたは付き合ってたんでしょう?」
「……い、いえ、友達だっただけで、付き合ってはいません」
彼女が昏睡状態だった時に、矢吹君と付き合っていたとは言えない。矢吹君の浮気を認めれば、彼女がどれだけ傷付くか……。
「あなたもタカも嘘が下手ね。好きなら好きって、正直に言えばいいのに」
「……矢吹君は私のことなんて好きではありません。私が……あなたに似ていたから。あなたが……昏睡状態だったから、寂しかったんだと思います」
そうだよ。
矢吹君は寂しさを埋めるために、私と付き合っていただけ。
彼女は私を見つめ、溜息をはいた。
「あなたって、本当にお人好しね。よく聞いて、タカは暫く日本を離れることになったの。意地を張ってると後悔するよ。それだけ伝えに来たの」
「……後悔って、私が矢吹君に振られたのよ。どうしてそんなこと言うの?あなたは矢吹君の恋人でしょう……」
突然彼女が血相を変え、プンプン怒り始めた。
「恋人だって?タカがそんなことを言ったの?どうして僕がタカの恋人なんだよ。僕は女子によく間違えられるけど、れっきとした男子だ。タカと僕はそんな関係じゃないからね」
ぼ、僕……!?
えっ?意味がわからない?
彼女が、だ、だ、男性?
う、嘘だよ。だって、私にそっくりだし。体形も華奢だし、口調も女性っぽい。
「あなたは僕にそっくりだけど、随分そそっかしいみたいだね。タカがあなたに嫌われるために、そんな嘘をつくなんて。昏睡状態の僕を利用するなんて、本当に狡い男だ」
「……あの。あなたは……」
もしかしたら、体は女性だけど、心は男性なのかな?
「勘違いしてない?僕は女装癖でもオネエでも性同一性障害でもないから。僕の種族はみんな女性的なんだよ」
種族って……?
私にそっくりだけど、日本人じゃないのかな?
母がかめなしさんを抱えて、浴室から出て来た。かめなしさんの髪をタオルでゴシゴシ拭いている。
「優香、誰と話してるの?美子ちゃん?」
「……えっと、あれ?ママ、私にそっくりな男の人が……」
「優香にそっくりな男の人?やだ、変な子ね。誰もいないじゃない。陽も暮れたし、家に入りなさい」
庭にも、門の周辺にも、歩道にも凪の姿はなかった。
私……
白昼夢を見たのかな。
そうだよね。
昏睡状態から目覚めたばかりの凪が、ここに来れるはずはないんだ。
でも、とってもリアルだった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます